小説|「セレニティ模様」第54話
「着いたと思ったら帰る時間になったね。ふふ」莉緒ちゃんが肩を揺らして笑う。
「ねっ」
帰りのバスに揺られいつもの四人組は雪の瀬駅に向かっている。
「今日、塾だから。ここで」バスが雪の瀬駅に着くと歩ちゃんはそう言って別れた。
「うん、また明日ね」三人は手を振る。
「またね」歩ちゃんは駅の改札と反対方向へ歩く。冬の日暮れは早く外はすっかり真っ暗で歩ちゃんの姿はあっという間に見えなくなった。
*
一日が始まり一日が終わる。電車はガタンゴトンと進む。
「またね」香は莉緒ちゃんと慶ちゃんに手を振り電車を降りる。
自分がそのグループから一足先に抜けても悪口を言われないと思えることが有難い。それは普段からいない人のことを悪く言っていないからそう思えるのだ。
電車の窓を見返すと莉緒ちゃんと慶ちゃんが手を振っている。香は二人が見えなくなるまで手を振り返す。
*
「ただいま」香が玄関を開けると
「おかえり」と悠の声がする。
「おかえり」ヨシばあの声が続く。ただただそのことがほっとする。
「ヨシばあがおしるこ作ってくれたよ。おいしいよ」悠がおいしそうに食べている。
「わあ。おいしそう。私も食べたい」
「んだが。今持ってくるな」
ヨシばあが反射式ストーブの上にアルミホイルを敷きその上にお餅を置く。
その隣には鍋があって餡子が温められている。
「今、餅焼いてるがらな」
「手洗ってうがいしてきなあ」悠が一人前の保護者のようなことを言う。
「うん、そうだなあ。基本だあ」香もそれに従う。
居間に戻ると反射式ストーブの上でお餅がぷくぅーっと膨らんでいた。美味しそうな焼き色がついている。香はコタツに入る。
「ほれ、け」ヨシばあが香の前に出来立てのお汁粉を置く。
「ありがとう」香が箸を持つ。
居間の戸を開けるときに緊張しなくなった。身構えなくなった。身体中がこわばる感覚がなくなった。これまではそっちが普通のことと思っていたけれどそうではなかった。
帰って来た家はストーブを焚いてコタツもつけてくれていてすでに暖かい。暖かいお家に帰られるという物理的なものと、心の温かさがあるという心理的なもの、安心する家とはこういうことを言うのだろうかと香はしみじみと思う。これが日常だったら失いたくない。学校の人間関係も良くて家もよくてこれ以上のことはないだろう。
