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人生の重大事は哲学を持って決めるべきだ!

今回も上司であった新将命さんから教示を受けた事について、

「上司と部下の教科書」からの引用と、追記によって記事を書いて
いきたい。

「人生の重大事は哲学を持って決めるべきだ」

近年とくにビジネスにおいて、哲学がなくなってきたように感じる。

コンプライアンスや独禁法に関わるようなことも、その場その場の人気取りで政策を決めたり、私利私欲や会社のためと称して簡単に会社のトップから掟破りをしていることが多い。

「魚は頭から腐るというが、会社はトップから腐る」まさにこのことだ。

また、自分の都合が悪くなると臆面もなく日替り定食のように、
メニューが変わる。いわゆる朝令暮改も頻繁にある。

選挙などが近づくたびに政策が揺れるのを見ると、どこまで信念を持って政治に臨んでいるのかと疑問に感じられてならない。

毀誉褒貶はあっても、たしかに稀代の政治家であった田中角栄は、ときに国民に嫌われることでも、あえて実行しなければならない政策がある。
それをやるのが、政権政党の政治家の務めだと若い代議士に常々言っていたと聞く。

日和見主義的な処世術や、勝ち馬に乗るだけの生き方でも平時では
何も問題はない。しかし変革となると、哲学のない者は動くことができなくなる。

二者択一の局面でも、それぞれに何らかのリスクは伴うものだ。

あえてリスクを取ってでも選ぶ道は、自分の哲学にかなったものでなければ、勇気を持って選べないからだ。

たとえば、公表しなければ消費者にリスクを背負わせることになるが、公表すれば会社に少なからぬダメージが及ぶような事態では、まさにトップの哲学が試される。

こういうときに哲学なき者が犯すのは、事態に対し何もせず先送りするか、
隠し通すという愚かな行動に走ることになる。

積極的な隠ぺいはしないが、積極的な公表もしない。
こうした無策が薬害エイズ事件を生み、三菱自動車のリコール隠し事件を生んだ。最近では、紅麹の小林製薬がいい例だ。トップが腐っているとしか言いようのない事件だ。

一方、会社の危機に哲学を持って臨んだケースもある。
新将命氏が日本法人の社長を務めた、ジョンソン・エンド・ジョンソンの
タイレノール事件が有名だ。1982年、アメリカのシカゴで何者かにより、店頭にあった鎮痛剤「タイレノール」に毒物が混入された。

このとき本社CEOが、氏の上司でもあったジェームズ・バーク氏である。

彼は事件の公表に難色を示す一部の役員の意見を抑え、全国放送のテレビに出演し、製品の使用を控えるよう国民に注意を訴え、製品の全品回収と店頭で異物混入のできないようパッケージ改善を躊躇なく、また驚異的な速度で行った。

バーク氏を動かした哲学は、会社のクレド(我が信条)にある消費者に対する責任である。

ここに、ジョンソンエンドジョンソンのクレドを引用する。
4つの責任について書かれているが、ユニークなのは株主への責任が
顧客、社員、社会への責任に次いで、四番目だということだ。
これぞ、「まさに哲学」というしかない。

哲学とは基本的な物の考え方である。人が大事を成すための力の淵源であり、時代を超える存在だ。


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