タワーレコード大量閉店。CD仕入れをしてた古本屋が思う本当の理由
タワーレコード大量閉店のニュースを見て、あのキラキラした時代を思い出した。
CDショップが壊滅した理由は、デジタル化やサブスクだけではない。実は、もともとのビジネスモデル自体が、大ヒット作品に支えられる非常に厳しいものだった。
新品CDと新品の本は、どちらも「新品を売る商売」のように見える。しかし、その仕組みがまったく違うのだ。新刊書店は、売れ残れば返品できる制度である。書店員は売るための努力をしても、最後には「返品」という逃げ道がある。
一方、CDは買い切りだ。
ブックマートグループで直営店のCD・DVDの仕入れをしてたが、掛け率は約75%。年間で発注額の1〜5%ほど返品できることもあったが、それは問屋の温情に近いものだった。
だから毎月が勝負だった。
「このCDは本当に売れるのか。」
その判断一つで、数年抱える不良在庫になる。
当時で言えば、オレンジレンジだ。前作が社会現象になるほど売れ、次作も当然売れると思って複数仕入れる。
しかし発売される頃には、世間はもう次の流行へ移っている。売場を見ながら、レジでまさに「キリキリマイ」である。
あれほど恐ろしいことはない。
メタルも好きで徐々に?コッソリと?仕入れを増やすが、好きだから売れるわけではない。売れなければCD仕入れ自体が中止になるだろう。
だから売るために必死だった。
新宿店ではRainbowのライブ盤「Live in Munich 1977」を仕入れた時、薄給なのに6000円で買ってライブ映像を店のテレビで流した。
ルミナスラックを外に移動できるようにして、靖国通り沿いの1階からブラウン管テレビでリッチー・ブラックモアのギターが鳴り響く。
スタッフは誰も興味がない。
それでも場所柄、「分かる人」が立ち止まり、「まさか‼️こんな路上でリッチーが…ありがとう‼️」とスーツのサラリーマンが不意に買っていく。当時、リッチーのライブ映像はレインボー解散後初ぐらいで、忘れられたおじさんだったので伝えられた瞬間は本当に最高だった。

二人でムチャクチャした

血のりをして怒られた…
逆に、「予算はあるのに仕入れたい新譜がない」という月もあった。
同じ作品を厚くするか、種類を増やえすか。サブジャンルでCDを扱う店ほど、その舵取りは難しい。
一方で、まだ黎明期だった嵐も仕入れた。
当時はジャニーズを積極的に扱わない店が多かった。グループごとの差が大きく、ファン以外には売れず、浮動票がないから敬遠されるのだ。逆に攻めた発注で初回盤を10枚注文してもカットされ満数入荷しないから予約も受けずらい。それでも嵐だけは問い合わせが相次ぎ、見事に完売した。本当にありがたい存在だった。その後、嵐は国民的グループとなり、「TIME」初回盤はプレミア価格になった。うれしい反面、「もっと仕入れておけば……」とグググと唸ったものだ。
売れ残ったCDは値引きしたり、他店へ回して入れ替えるが洋楽は流行が過ぎると一気に止まる。毎日が在庫との戦いで店によって売れ方もまったく違う。
北池袋店はドン・キホーテ運営施設パウの小さな店舗だったが、車で来店する客が多く、CDは驚くほど売れた。同じ商品でも、立地が変われば結果はまるで違う。

万引き対策のカラーコピーがめんどくさかった
でも今になって思う。
なぜ3000円もするCDが、1000円台の本より売れていたのだろう。
その理由の一つは「買い切り」にあったのではないかと思う。
返品できない。
だから売場をつくる。
試聴機を工夫する。
POPを書く。
一枚でも多く売ろうと知恵を絞る。

店舗が染まる病原菌みたいな存在
返品できない緊張感が、店の熱量を生み、ブームとなり100万枚になったのではないだろうか。店は熱源発生装置だったのだ。
ただ、本も完全買い切りになればミリオンセラーが出たかもしれないが、CD店と同じく壊滅してたかもしれない。
書店は再販制度だからこそ、まだ約1万店近く残って頂いてるとも言える。
CDショップがあれほど熱かった理由の一つは、「返品できない」という緊張感だが、逆に一度売れなくなると、不良在庫の負債の回転速度は倍速で、多くの店を消す理由にもなってしまう。
あの時代がいかに熱狂してかといえば「逆輸入CD」だ。
当時、アジア市場では海賊盤が蔓延してたが貨幣価値の差から、そこを改善してもうまみがないからレコード会社は消極的だった。
そこを当時イケイケだったエイベックスは積極的に開拓し、新譜を現地の所得に合わせて、日本より安い価格でCDを販売したのだ。
ところが、その安いCDが日本へ大量に逆輸入され始める。
CDの輸入盤は先行輸入防止として数週間が法律ではなく慣例であったがこれは洋楽を前提で、日本人のCDは全く想定外だったのだ。
そのため合法と判断しドン・キホーテは組織的に輸入をした。
従来のCDショップなら、レコード会社や問屋との関係もあり、そうした商品を扱うことはなかったがさすが、驚安の殿堂、最初の名前は「泥棒市場」である。
この問題にエイベックスの依田会長はおかんむりでレコード会社全体で動き、還流盤(逆輸入CD)として4年間の輸入禁止措置が法律で施行されることになる。
今振り返れば、あれもCDという商品がまだ巨大な市場だった時代ならではの出来事だった。ルールの隙間を突く商売、業界全体を巻き込む法改正、街で見つかる思いもよらない商品。
タワーレコード大量閉店のニュースを見ながら、そんなことを思い出した。
昔は、新星堂やタワーレコードを歩くだけでワクワクした。
だけど、ワクワクは、もう街には落ちていない。
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