「性犯罪漫画家」騒動に関して

 苛烈な性犯罪の加害者がマンガワンで漫画連載を行っていた事が明るみになり批判されていますが、人によって異なった論点で意見を挙げており、整理の必要があると考えます。そこで本noteでは法学的な観点も含めて論点を整理したいと思います。

事実

主な事実

 現時点で判明している事実は下記の通り。

  • 小学館の「マンガワン」で連載されていた『堕天作戦』原作者の山本章一氏が2020年、児童ポルノ禁止法の容疑で逮捕され、有罪判決を受けた(罰金30万円)。『堕天作戦』の連載は中止された。

  • 山本氏は民事訴訟を提起され、2026年2月26日、1100万円の支払命令が出た。その後、3月4日に被害者側が不服として控訴している。(報道リンク

  • 被害者は未成年であり、性的写真の撮影、スカトロ行為、性玩具を着けさせての外出、浣腸などを行っていた事が民事訴訟の裁判資料に記載されているらしい。

  • 刑事裁判後の和解協議において、「マンガワン」編集部の所属者も関与し、示談金150万円の支払いと、口外禁止を含む和解案を提示した事が民事訴訟の裁判資料に記載されているらしい。

  • 山本氏は2022年にペンネームを変更して「マンガワン」にて『常人仮面』の原作者として活動を開始し、漫画家に復帰していた。

  • 民事訴訟の判決文は非公開だが、何者かにより実名を含む判決文面がSNS等にリークされたほか、被告が『常人仮面』の原作者である事が拡散された(参考リンク① )(参考リンク②)。ただし判決の概要は2月20日時点で報道されている(報道リンク)。

  • 『常人仮面』原作者が、民事裁判で支払命令を受けた山本氏であることが公表され、「マンガワン」での『常人仮面』の連載も中止された。

  • 3月4日、週刊文春が《被害女性が全告白「私は“性加害漫画家”と小学館を許せない」》と題した記事を発信している。

小学館の説明

  • 2月28日、小学館は「本来は起用すべきではありませんでした」「原作者の起用判断および確認体制に重大な瑕疵があったため、配信を停止し、単行本の出荷を停止いたしました」と発表した。(小学館リンク

  • 3月4日、小学館は週刊文春の報道に関連し、「2021年、山本氏と被害女性との和解協議について、担当編集者より法務室に相談がありましたが、弊社は当事者ではないため、弁護士への委任を山本氏に促すよう指示しております。この和解協議について、会社ぐるみで関与したとの認識はございません」「2022年、新たなペンネームで連載を再開していたことについては、札幌地裁判決後の2026年2月25日にマンガワン編集部より報告があり、会社として初めて確認いたしました」と発表した。(小学館リンク

被害者の公式見解

 3月8日、被害者側が弁護士事務所を通じてメッセージを公表した。要点は下記の通り。(出典リンク

  • 示談交渉は、休載理由の公表が受け入れられなかったため決裂。

  • 「私が本当に許せないと思っているのは、判決が出ても非を認めて謝罪しようともしない加害教員です」

  • 「私は、前科がある人であっても、絵を描いたりストーリーを考えたりすることはしても良いと思いますし、そういう人に発表の場を与えることも、一概に悪い事だとは考えていません。ただ、私は、加害教員の漫画を読んでくれている読者に対して誠実に、休載の本当の理由を伝えるべきだと思っていただけ」

  • 週刊文春の記事タイトルは誤り。

  • 3月5日に小学館の取締役が謝罪に訪れ、その際、「小学館に対して強い怒りや恨みを持っているわけではないこと、特に、漫画家さんの作品を小学館から引き揚げて欲しいとも思っていないし、多くの漫画家さんの活躍の場であるマンガワンをなくして貰いたいとも思っていないこと」を伝えた。

  • 「これ以上、小学館への批判がインターネット上で炎上することは、望んでおりません。また、あらかじめ申し上げておきますが、文春に対する批判についても、同様に、望んでおりません」

論点

 上記事実を踏まえ、本件の中心的な論点は下記の通りになると考えられます。

  1. 漫画家の活動を再開した事は正しかったか。
    ・漫画家であった事が影響している可能性のある地位で性犯罪に走った漫画家が、漫画家として活動再開する事の是非。
    ・和解協議が進行中であったり、民事訴訟を提起され、被害者にとってまだ解決していない事案を抱える中で活動再開する事の是非。
    ・犯罪者が漫画家など人目につく職業に従事する事の是非。
    ・上記活動再開を認めたマンガワン編集部の対応は正しかったか。
    ・憲法の保障する「職業選択の自由」との兼ね合い。

  2. 活動再開時、ペンネームを変更して再開した事は正しかったか。
    ・ペンネームを変更した事の是非。
    ・ペンネームを変更した後に性犯罪の前科を公表しなかった事の是非。

  3. そもそも加害者側は罪を償ったと言えるのか。

  4. 企業として事件を軽視していたのではないか。
    ・小学館が一連の状況を把握できていなかった事の是非。
    ・和解協議に編集者が関与し、口外禁止など提案した事の是非。
    ・契約相手に対する身辺調査等の要否。

意見

1. 漫画家の活動を再開した事は正しかったか。

■憲法や法律では漫画家活動は制限されていない

 まず前提として、性犯罪歴のある人物が、罰則完遂後に漫画家として活動再開する事を制限する法律はありません。あくまで個人や企業の判断に委ねられる点です。

 規制する法律が存在しないのは、憲法により職業選択の自由が保障されたいる事があると思われます。憲法は多くの場合、国民に直接適用する事を確実に予定しているものではないとされ、その条文は直接国民には適用されません。憲法ではなく、憲法に従って作られた法律が直接適用されます(間接適用説の考え方)。したがって、憲法で職業選択の自由が認められているからといって、直ちに全国民が好きな職業に就ける訳ではありませんが、法律を通して間接的に「職業選択の自由」が適用されている状況です。したがって、直接的には憲法は問題となりません。

日本国憲法第22条第1項
 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

 但し、「職業選択の自由」は、公務員が副業を禁止されていたり、医師など特定の職種には免許が必要だったり、売春は禁止されていたり、様々な制約が既に存在します。憲法に「公共の福祉に反しない限り」と書かれている通り、憲法においても必要に応じ一定の制約を設ける事を予期しています。また、民間企業が副業を禁止していたり、問題のある人物の採用を見送るように、民間企業の一定の裁量についても制限はされていません。

 加えて、性犯罪についても一定の制約が設けられました。2024年に成立し、2026年に施行予定のこども性暴力防止法では、学校の先生など、児童等に接する業務の従事者について、性犯罪歴を確認し、状況に応じて配置転換などの対応を求める事になっています(通称「日本版DBS」)。これは再犯防止対策です。日本版DBSについては憲法上の議論がありましたが(参考リンク)、議論の末、最終的に成立に至っています。

 今回の事案はいずれの規制にも該当していないため、憲法や法律上の問題は生じません。

 ただし、「性犯罪者が漫画家になれない法律を作るべきだ」という具体的な意見が出た場合、それは日本版DBSの導入時と同様、憲法との兼ね合いが問題となるのは間違いありません。

■漫画家として活動再開したのは「正しかったか」

 漫画は多くの人の人生を豊かにするコンテンツであり、そこに性犯罪の前科がある人物が関与する事には強い嫌悪を抱く人が少なくないのは容易に想像できます。ここは会社として「正しさ」を検討するよう求められるのは当然と考えます。

 但し、小学館も民間の自由な営利企業であるため、問題を補って余りある才能があるとか、漫画から一定の収益が見込まれるとか、営利企業としての検討が行われるのも当然であり、企業として一定の自由があるため、検討ポイント自体を論理的に否定する事は難しい(否定されるべきではない)と考えます。

■事件はまだ終わっていなかった

 刑事処分が下された後、和解協議から民事訴訟へと進んでいますが、その間に漫画の連載が行われていたのは事実です。したがって、刑事事件としては完了した話ですが、少なくとも被害者の視点ではまだ「解決」はしていない段階でした。この時点で活動を再開したのが正しいかどうかは疑問があります。

■見たくないものを見ない権利

 「好きな仕事をしたい」という選択権があるのと同じように、漫画読者には「性犯罪者の作品を見たくない」という選択権が当然認められるべきです。その際、我々は取捨選択のためにあらゆる情報を得るべきなのか、あるいは「見たくない人」への配慮を最優先として自身の権利を積極的に制限するべきなのでしょうか。

 例えば、タレントや漫画家が政治的な発信をした際、思想信条が反する市民が反感を持つことはしばしば起こります。しかし、政治的発信をしたからと言って、その関係者の作品自体の評価が変わるかどうかはまた別の話だと感じられます。逆に、その人の思想信条を支持できるからといって、その人の作品が途端に面白くなるわけでもありません。従って、クリエイターからすると、自らの情報を明らかにする事は、批判等を受けるリスクを高めるだけとなりかねません。

 また、完全に清廉潔白な人がどれだけいるかも疑問です。赤信号の横断歩道を渡ってしまったり、公道でスピード超過してしまったり、勝手にアイドルの写真をSNSのプロフィール画像に掲載したり、他人に「バカ」とか「あほ」とか言い放ったり、著作権者に無断でアップロードされた画像をスマホに保存したり……違法行為は意外と身近にありますが、どこまでなら許すか?という裁定を行うのは我々市民自身ではありません。

 「性犯罪『』公表しないといけない」というように、自分の中で基準を作るのは自由ですが、それを根拠に何か発信することを正当化するのは難しいです。そのような曖昧な解釈を有効とするのは、際限なき私刑を誘発するリスクがあり、法治国家として好ましくありません。

 したがって、「見たくないものを目に入れたくない」という考え方は理解できるものの、それを他者に強制するほどの権限はありません。仮にそれが罷り通る場合、「あなたの意見は目にしたくないから喋らないで」と言われたら認めざるを得ない事になります。これは、曖昧な基準を認めさせる事、他者の権利を自らの意思で制限させる事の代償、とも言えます。

 これらの主張をする人は、自らが制限される側になった時の想像が不十分なのではないかと考えます。

 前科情報を公表することの是非については後述します。

2. 活動再開時、ペンネームを変更して再開した事は正しかったか。

■前科は積極的に公言されるべきものではない

 前科情報はプライバシー情報の一つであり、過去の判例により、みだりに公開されるべきではない事が明確に示されている反面、社会的意義等が状況によって判断され、一律で「禁止」となる訳ではないことも示されています。(参考リンク

 したがって、前科情報を公開する際は慎重な検討が必要であり、「性犯罪だから公表するべきだろう」といった主観的な判断には一定のリスクがあるのではないでしょうか。

 また一般的な視点に立っても、例えば会社で「〇〇部に新たに配属された〇〇さんは、以前、殺人未遂の罪で捕まった事がある」と企業として周知するという事を想像すると、犯罪歴の周囲がいかに非現実的かがわかるかと思います。

■公言の有無に関わらず発生していた批判

 SNSを見ると、ペンネームを変えて活動再開した事だけでなく、「性犯罪者の関わる作品に触れるのは嫌」「性犯罪者を原作者に採用するのはおかしい」「性犯罪者が目に入るのは嫌」との意見も多数見受けられます。

 これらの意見を見る限り、例えマンガワン編集部が犯罪歴など当初から公表していたとしても、強い批判は免れなかったと言えます。また、ペンネームを変えて活動を再開していることが公にされない限り、被害者も読者も事案について意識する事はありません。

 今回、何者かによって前科等が明らかにされた訳ですが、言い方を変えれば「そのままだったら多くの人を不快にさせなかったのに、公開されてしまったから問題になった」とも言えるのではないでしょうか。

■犯罪者の更生にも目を向けるべき

 本件に限らず、刑罰や社会復帰を通して犯罪者の更生を狙うのは、犯罪予防のためには必要な事だと考えます。

 再犯予防に最も強力なのは、犯罪者全員を死刑あるいは終身刑とする事です。性犯罪ではなく交通違反や侮辱など軽微な犯罪でも、今後エスカレートする可能性が否定でしない以上、再犯をゼロにする最善策は犯罪者を永久に社会から消し去る事です。

 しかし、本当にそれが人類社会にとって効果的かどうかは疑問です。あまりに厳し過ぎる刑罰はむしろ社会不安を増大させ、国家を不安定にするという論もあります。話が飛躍しているように聞こえるかもしれませんが、一度そういう社会にいる自分を想像してみてください。ここで想像力を持てるかどうかが重要と考えます。

 以前、「地域交流型少年院」の設立の話題が出た時、インターネットでは多くの否定意見がありました。それは犯罪者を社会から隔絶してほしいという思考によるものだと想像できます。ただ、自分が犯罪を犯した時、社会から隔絶されて社会復帰の機会が与えられない中でどのように更生すればいいか、という想像ができない人が多いのではないかと思いました。

 本件に関連して、「犯罪者は社会から追放すべき」「犯罪者は表に出てくるな」という類いの主張については賛同できません。たとえ何か正当化しようと理由を付けたとしても、それは今の自分が清廉潔白であるという前提の下、自分の事しか考えていない暴論であるのを否定できません。

3. そもそも加害者側は罪を償ったと言えるのか。

■罰金判決は軽いのではないか

 刑事裁判では、略式起訴となり罰金30万円の判決が出ているようです(児童ポルノ製造の罪のみで起訴?)。しかし民事訴訟においては、高校時代を含む2016年〜2019年にわたり性加害が続いていた事が明かされています。児童ポルノ製造の罰則は「3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金」となっているほか、被害の内容を考えると、「罰金30万円」は感覚的にはかなり少額であり、罪に対して罰が軽い印象を受けます。

 現在、不同意性行等罪(旧・強姦罪、強制性行等罪)は「5年以上の拘禁刑」となっており、一度の強姦でもその事実が認められれば相応に厳しい判決が下されるものとなっています。また、逮捕・起訴された時点では強制性行等罪でしたが、同様に「5年以上20年以下の懲役」となっていました。仮に民事訴訟において取り上げられている3年間に及ぶ性行等の行為を公訴事実として刑事訴訟が提起された場合、遥かに重い判決に至っていたのではないでしょうか。

 この場合、山本氏が十分に罪を償っているとは言い難いと考えます。

■法的には既に罰を与え終えた状態

 但し、本件の刑事裁判は既に終結しており、再度起訴されるには一事不再理の問題が生じるのではないかと考えます。とすると、法律的には既に罪に見合った罰を与えられて償っている状態となります。

 刑罰は、罪に対する報復であると共に、更生が目的として据えられています。30万円でも反省する人はするでしょうが、そうでない人も多いでしょう。しかし、あくまでも法律上は再犯しないよう更生している状態と推定されます。法治国家としての体裁を尊重するか、主観的な心情を重視するか、の差があると感じます。

■刑罰を完遂した人物を批判してもいいのか

 我々は裁判官ではありませんから、本項では一旦、加害者側が法定された十分な刑罰を受けた前提で論じます。

 犯罪被害者が、その加害者に対して強い処罰感情を持ち、告訴、損害賠償請求、あるいは名誉毀損等に該当しない範囲で世間に被害を訴える事は禁止されていません。その中で、被害者の想いを加害者が受け止める事は、人倫に基づいても当然と考えます。

 但し、全ての人には人権があります。それは犯罪者であっても当然で、犯罪者に対して侮辱、名誉毀損、誹謗中傷、暴行などの行為を働いた場合、相手が犯罪者であることを理由にその罪が免除される事はありません。従って、例えば第三者が憂さ晴らしの目的で加害者を中傷するような行為は、心情的には認められるべきと考えても、正当化に必要な根拠は軽薄であり、当然にその行為も批判される可能性があります。

 相手が犯罪者であろうと誹謗中傷は認められていませんから、「犯罪者は一生批判を受け入れなければならない」という建前を声高に宣言したとしても、中傷が違法と判断されれば批判者も犯罪者となります。

4. 企業として事件を軽視していたのではないか。

■起用判断の是非

 本件は小学館が「本来は起用するべきでなかった」と認めている以上、これが結論です。

 「いや、本人が望むなら起用するべきだ」という意見はあるかと思いますが(当然その主張行為自体が否定されるものでもない)、小学館としては、理由は不明瞭ながら起用判断は批判されるべき点と認識しており、また小学館は公的な更生施設でもありませんから、この点についての批判意見は、否定されるべき根拠が現時点では希薄と考えます。

■マンガワン編集部の裁量について

 企業内では役割が分担されており、例えば事業の円滑な遂行のため、広範な裁量権を特定部署に付与する事は当然にあります。今回、「マンガワン」に関する漫画家の起用や作品掲載の判断の権限はマンガワン編集部に与えられいたと考えられ、それを小学館上層部が隅々まで監督していなかった事が想像されますが、これ自体は不自然な事とは感じられません。

 また、「起用した漫画家を小学館は調べなかったのか?」というような意見も目にしましたが、流石にそれは難しいのではないでしょうか。公安や防衛に関わる人物が身辺調査を受けたり、企業が採用時に外国政府との繋がりを確認したり、金融機関やテレビ局が相手に反社会勢力との関係を確認したり……という事例はありますが、漫画家に対し過去の犯罪歴を確認する事が一般的であるのかは分かりません。

 「本来は起用するべきでなかった」と小学館も認めているので、本来は事前にガイドラインやチェック体制等を設けているべきであったと思われ、もし事前に設けていれば、今回の事態は防げたのかもしれません。ただ、それは結果論に過ぎない論点に思え、今後の課題となる部分かと思います。

■和解協議について

 和解協議にマンガワン編集部の関係者が参加している事は論点ではないと考えます。マンガワン編集部も利害関係者であり、また、交渉の場に呼ぶ人を制限する規定等もありません。SNSでは「加害漫画家が、漫画家である事を背景に教員になったのだから、漫画も今回の性加害者に関係している」と主張する意見も目にしましたが、そうなるとむしろマンガワン編集部も当事者と言えます。

 和解協議の中で、「口外禁止」の規定をマンガワン編集部担当者が提案したとの話も出ています。口外禁止自体は和解協議の中で提案されてもおかしくないものであるため、この提案も不当かどうかは直ちに判断しかねます。

さいごに

 まず個人的な立場としては、今回の性加害は許されない行為であり、被害者側が未成年であり特段加害されるべき事由もない以上、加害行為に擁護の余地がありません。

 ただ、本件を挙げて、自らの(主観的な思想を押し付けるような)暴論を正当化しようとする意見が多く、極めて強い違和感を覚えます。その意見が誰のための意見か、冷静に考えるべきではないでしょうか。

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