花の万博×おけいはん
今から35年前に開催された「国際花と緑の博覧会」。「花の万博」「花博」などと呼ばれ、55年前や2025年のように大々的に行われた。そんな花の万博で盛り上がった京阪電車を振り返る展覧会を6月末にくずはモールへ見に行ってきた。
国際花と緑の博覧会 EXPO'90が開催された頃展

タイトルは『国際花と緑の博覧会 EXPO'90が開催された頃展』。超どストレートなタイトルだ。

京阪から花の万博へのルートは2駅。会場メインルート「地下鉄鶴見緑地線」に接続する京橋駅とシャトルバスが発着する守口市駅が指定された。守口市駅では急行と準急の多くが停車するようになった他、特急の臨時停車もあった。今でも特急と朝ラッシュの大阪市内方面以外は全列車が停車する。
花の万博電車


白をベースにした特別塗装列車も走った。
「みず号」
「はな号」
「みどり号」
の3車種。大阪・関西万博のミャクミャク電車のような機運醸成で開幕1年前から運行開始。閉幕まで運行された。
鴨東線開通

花の万博前後は京阪にとっては変革の多い時期だった。1989年10月には京阪鴨東線三条駅〜出町柳駅間が開通。

左の京阪の駅は比較的新しい。
京都側のターミナルが三条駅から出町柳駅に代わり、叡山電車とも接続。鉄道としての飛び地が解消され、観光路線としてさらに成長し、大学を多数擁する通学路線、大阪とも繋がるベッドタウンとなるなど発展した。叡山電車はのちに京阪ホールディングス傘下となっている。
8000系「エレガント・サルーン」

この頃にデビューしたのが赤い特急「8000系」。「エレガン都エクスプレス」というキャッチフレーズという豪華さを誇り、京阪の新しい顔となった。デビュー当時はそれ目当てで旧型「初代3000系」をパスする人が多かったり、旧型に混じる8000系中間車目当てで客が殺到したりあっただとか。この人気で特急専用は8000系に統一された。

台車、モーターの大半は8000系に再利用された。
デビューから35年。モーターは旧型のお下がりで製造50年以上。かなりの古株だが、目立ったトラブルは起こしていない。2017年からは指定席「プレミアムカー」が改造で組み込まれ、細々部品を交換するなど、きっちりメンテナンスされている。リニューアルも施して若さを保っている。
「還暦ぐらいまでよろしゅうおたのもうしますぅ」
とでも言いたいのだろうか。
枚方市駅高架化

花の万博開催直前の1990年3月、枚方市駅大阪方面ホームが高架開業を果たした。閉幕後数年をかけて交野線高架化、高架下商業施設「ステーションモール」開業などして完成した。


自販機も無印ドリンク。
2018年には「無印良品」が出店。伴って、改札口のリニューアルが行われた。「無印良品」プロデュースでコンコースが店内をベースに木目と黒の装いに統一。スーパーマーケット「ひらかたもより市」がオープンした。
80形冷房化

丸みを帯びた独特の高床路面電車。
1997年に引退。
変革は本線系統にとどまらない。京都市内から大津市内への「大津線系統」では80形に冷房が取り付けられた。「おっ車冷!」と銘打たれ、当時、奇抜なカラーと独特の丸みを帯びた「おっしゃれー」な電車をアピールしていた。しかし、1997年の地下鉄東西線開通と並走区間廃止で引退した。
齢27が感じたEXPO'90

花の万博のあった1990年は僕が生まれる前。地下鉄やJRを通じてその頃を知る機会は多い。通常の万博とは別物ではあるが、国際レベルの「特別博」。2025年の万博同様、華やかで大盛り上がりしていたことが想像に難くない。






2025年にあえて55年前の万博や花の万博を振り返る催し物は多い。齢27の僕にとってはほぼ知らない世界だが、やっぱり今に通づるなんとも言えない華やかさに共通点を感じる。2025年の万博にも僕は行っていて、
「あ、万博ってこういうすごいもんなんや」
と気づきはあった。「一生物のいい思い出」なのかラジオ朗読で聴いた「未来への足枷」になるのかは人によりけり。それでも、パワーやエネルギッシュなイベントは行かない方が損だと思う。万博反対派が全員寝返りそうなぐらい。
そういうことを35年前の振り返りでも感じてきた。京阪電車自身もこれきっかけで大きく躍進してる感はある。変革するにはこういう大イベントの方が躍起になりやすいのかもしれない。
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