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#81 学歴主義と他人軸

今日は私自身の話から、軸を明け渡しているってこういうことですという一例になれば、と思って書いてみます。

子どもの頃、学ぶことが好きだったこともあってか、母の教育への思いもあってか、小学校受験、中学校受験と経験しました。
中高は、進学校の中高一一貫の女子校で、キリスト教に基づく自由な校風でした。その後、何の迷いもなく大学受験し、第一志望ではなかったものの、希望のところに入ることができ、大学院まで進みました。

こうして書いていて、昔のことを思い出すと、ぽわんと物事を深く考えることなく疑うことなく過ごしていて、そんな中で思いつくと即行動、という性質の子どもでした。今も変わっていない部分だと思いますが。

小学生の頃、友達と探検したりただただふざけていたとき、心の赴くままに行動していたのに、いつの間にか「こうありたい自分」というのが強く出てきて、その「ありたい自分」に合わせて行動していくようになりました。中学2、3年の頃「今の自分は嫌だ」「変えたい」と強く願ったのを覚えています。
中学生の時期ってないものねだりをしたり、自意識過剰になったりする時期かもしれませんが、私の場合「自分なんて」と思いを持ったまま、20代前半で体調を崩すまで、そのまま走り続けてしまいました。

ありたい自分になるべきと自分を縛っている部分が大きかったのですが、その、ありたい自分も、世間的に「いい」とされていることを寄せ集めていました。自分の得意でもなければ、体験に裏打ちされた情熱もなく、アタマで考えていたと思います。

学校では落ちこぼれないようにそこそこの点数をとっておこう、受験には合格すること。ロールモデルを見つけてはそんな風になれるように努力して自分を近づけること。なるべく高所得を得られる会社に入って、生き生き働くこと。幸せな結婚をするとはこういうこと。友達は多い方がいい。
と、思っていた当時の私。何も疑いを持たずにそう思っていましたが、本当に自分がそうしたいと思っていたかどうかは、分かりません。全部、寄せ集めたパズルで、私の理想や思考ができていた、と言われたら、そんな風に見えてきます。

これが、(前にも書いたかもしれませんが)大学院の頃から新卒で働いていた頃にかけて、自律神経のバランスを崩したのです。本当に体調が悪く、ひどいめまいや動悸がする、朝起きられない、体温調節もうまくいかない、などの症状が起きて、1年はほぼ寝たきりの状態になりました。このときの1,2年は、記憶がすっぽり抜けてしまって、あまり当時のことを覚えていません。

このときに、もう私はダメなんじゃないか、このまま死んでしまうかもしれない、くらいに思って、その時に、自分は本当にしたいことは何か、を深く深く考えました。藁にも縋る思いで、病院をはじめ、色々なところに通ったのですが、その時に出会ったヨガも、私が他人軸だった状態から目を覚まさせてくれ、自分に気づく助けをしてくれたと思います。

ふと思うことがあって、わりと受験には失敗しないで来た私の人生だったけれど、そのおかげで本当に自分の頭で考えず、自分で敷いた理想のレールの上を、ただ歩いていたなと思ったので、今日はそのことについて書いてみました。

そして、その思考癖というのはなかなか抜けなくて、瞬時に、昔のクセのいい子ちゃんが反応してしまったり、強い主張を持つ人がいると、考えなくていいから楽だとうっかり迎合しそうになっている自分を見つけて、ハッとしたりすることがあります。
嬉しいと思ったり、嫌だと感じたりすることも、もしかしたらただ反応しているだけで、掘り下げていくと本当は違うことを考えていたりすることもあるんですよね。

そんなとき、意識的に自分自身とつながっていくことで、表層の自分の思考に気づいたり、クセを見つけやすくなっていくと感じます。これは果てしのない自分自身とのやりとりで、本当の自分とは?と掘り下げていくことは、ずっと問い続けていく問いかけなのではないかなと思っています。

取りとめもなくなってしまいましたが、少しでもハッとしてくださる方がいらっしゃったらいいなと思います。
読んでくださり、ありがとうございました。

それでは、また明日!

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