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慶応二年(1866年)4月25日、松前崇広(たかひろ)という大名が亡くなりました。

慶応二年(1866年)4月25日、松前崇広(たかひろ)という大名が亡くなりました。名前の通り松前藩の藩主なのですが、この方、外様大名から老中に就任という、異例の出世を遂げた人です。一体なぜ?時は幕末、西洋列強の植民地政策は遂に日本の近海まで迫る。特にロシアのシベリア進出はコサックの活躍で飛躍的に広がり北海道に手が伸びて来た。幕府は海防の重要性から、日本最後の築城、松前城と五稜郭を作った。将軍家慶に謁見し要職就任への足掛かりになる。混乱の幕末に至り幕府も従来の家柄だけに拘ってはいられなくなってきた証左。 #べらぼう #大河ドラマ

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