たった一度の失敗で「もう人生おしまいだ」と感じるあなたへ。「一般化」の罠に陥っていませんか?
たった一度、恋に破れただけなのに、「私には魅力がないんだ。もう一生、誰からも愛されずに孤独に死んでいくに違いない……」
仕事で一つのミスをしただけで、「自分はなんてダメな人間なんだろう。きっともう誰からも信頼されない」と、すべてが真っ暗になったように感じてしまう。
世界の終わりのように思い詰めてしまった経験は、ありませんか?
もし、この感覚に少しでも心当たりがあるなら、この記事はあなたの心を少しだけ軽くするお手伝いができるかもしれません。
この記事は、こんな人におすすめです
一つの失敗で、すべてがダメになったように感じてしまう方
「どうせ自分なんて」「いつもこうだ」と、挑戦する前から諦めてしまうことがある方
自分や他人に対して「〇〇な人だ」と、すぐに決めつけてしまう方
その思考、もしかしたら「心のクセ」かもしれません
こんにちは。メンタルケアマガジン「それでもきっと、だいじょうぶ」へようこそ。
失恋の例、少し大げさに聞こえたでしょうか? でも、悲しみやショックの渦中にいると、本当にそのように感じてしまうものです。客観的に見れば「そんなことはないよ」と分かることでも、本人にとっては否定しようのない「事実」のように思えてしまう。
こうした、私たちの心をときに重く、ときに暗い方向へ閉じ込めてしまう偏った物事の捉え方には名前がついています。精神科医のアーロン・ベックが基礎を築き、その弟子であるデビッド・D・バーンズらが発展させた認知行動療法。その中で、「認知の歪み」と呼ばれています。
このマガジンでは、この「認知の歪み」にまず自分で気づくことの大切さを、繰り返しお伝えしてきました。
「認知の歪み」にはいくつか種類があるのですが、今回はその中でも特に、私たちをがんじがらめにしてしまう「過剰な一般化」という心のクセについて、一緒にゆっくりと見ていきたいと思います。
そもそも「一般化」は、悪いことじゃない
まず、「一般化」という言葉に、少し身構えてしまったかもしれませんね。
でも、一般化そのものは、私たちがこの世界を学び、成長していくために欠かせない、とても大切な能力です。
例えば、あなたがnoteの記事を書いているとします。
「記事のタイトルに問いかけを入れてみたら、いつもより多くの人に読んでもらえた」という経験をしたとしましょう。
すると、そこから「noteの記事では、タイトルに問いかけを入れると良いのかもしれない」という一つの法則、つまり「一般化」を見つけ出しますよね。
あるいは、もっと身近な例で。
「スマホのバッテリーがパンパンに膨らんで本体が熱くなった」直後に、「スマホが壊れてしまった」という経験をすれば、「バッテリーが膨らんで熱くなると、スマホは壊れる危険がある」と学習します。
このように、個別の経験から共通のパターンを見つけ出し、未来に活かしていく能力が「一般化」です。これがあるから、私たちは効率よく物事を学んでいける。
ただし、忘れてはいけないことがあります。
そうして見つけ出した法則が、本当にいつでも正しい「真実」かどうかは、また別の話だということです。
noteの閲覧数が伸びたのは、たまたまそのテーマが流行っていたからかもしれませんし、偶然フォロワーの多いマガジンに取り上げられたからかもしれませんよね。本当に「問いかけが有効だ」と確かめるには、いくつものパターンを繰り返し試してみる必要があります。でも、個人でそれは難しいですよね。
だからこそ、私たちが経験から導き出す「一般化」は、あくまで「仮説」であって、絶対的な「真実」ではない。
この視点はとても重要です。
たった一つの経験が、世界のすべてに見えるとき
その視点を忘れ、特にインパクトの強い経験によって、あまりにも極端な法則を作り上げてしまう。
それが「過剰な一般化」です。

例えば、子どもの頃、一匹の犬に激しく追いかけられた経験から、「この世のすべての犬は、凶暴で危険な生き物に違いない」と固く信じ込んでしまう。
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