「生きていてくれて、うれしい」が伝わらない。無価値感に苦しむあなたに
「あなたはどうすれば私を好きになってくれますか? 私はどうしたらあなたの役に立てますか?」
こう聞かれた時に、
「生きていてほしいんです。それ以上のことは望んでいません」
って言っても…。
なんだか、伝わらない時があるんですよね。
生きていてくれるだけで、そしてできれば元気でいてくれるだけで嬉しい…という感覚、みなさんは分かりますか?
人間だから、相手の行動に困る時はありますけど。行動に困っているのであって…相手そのものを無価値だ、と思っているわけではない。
でも、自分の行動と人格を切り分けて考えるのは難しいですよね。
何か特別なことをしてくれなければ嫌いになる。
そんなわけないのに。
必死に誰かの機嫌をうかがって、誰かにとっての「いいこ」にならないと受け入れてもらえないと思っていて、自分が苦しくても誰かに何かしてあげないと、自分には価値がないと思ってしまう。
きっと、[自分がいるだけで誰かが幸せだ…ということが分からなくなるような経験が多い人]はそうなってしまう。
「私がこれだけ苦しんで、これだけやったから、あなたも私を愛してくれるでしょ? どうして愛してくれないの?」
そういうメッセージが伝わるから、周りにいる人も、疲れてしまう…。特に家族などの、身近で付き合う人はなおさら。お互いを想っているのに、すれ違う。
「何かしてくれたからあなたに価値があるんじゃないよ」
「生きていてくれるだけでいいんだよ」
と言いたくなります。けれどたとえ、言っても、伝わらない。
誰かがそばにいてくれて嬉しいかどうかと、その人が自分に何かしてくれるかどうかって、関係ないじゃないですか。
「何かしてくれる」というのは、ただ、気持ちを持つきっかけじゃないでしょうか。
正直、私も自分の無価値感に苦しむ時があるのですが、最近は落ち着いています。
周りの人が安定しているからかもしれません。
「何があってもこの人は揺らがない」
そう確信できたとき、「いいこ」にならなきゃ、という気持ちから解放されるのかもしれません。
そういう人が周りに一人でもいてくれると、自分自身も動揺しなくてよくなります。動揺しても、「でもあの人はいつもと変わらずそこにいてくれるからな…」と思える。心の中のどっしりした、一本の木のようです。
でもそれは何かをしてくれたからではない。
あるとすれば、「そこにいてくれた」。
だから「いい時も、悪い時も」変わらずそこにいてくれる人の存在には本当に支えられます。
noteでも、やっぱりお付き合いがあるとそう感じます。
お休みされていたけれど、なんとか戻ってきてくれた人もいました。
「私は無価値だ」と嘆いている人もいます。
「誰も傷つけたくない」と切実な思いを書いている人もいます。
みんながそれぞれに、しんどいです。
表に出すかどうかは人によりますけど、幸せだけの人なんていません。
それでも毎日がんばって生き抜いています。息をしています。
それだけですごくないですか?
すごく励みになりませんか?
いてくれて嬉しいです。
すごい記事で面白さを提供してくれるから、とか毎日スキしてくれるから…とかじゃない。もちろん、それは嬉しいのですけれど。
そういうのはきっかけです。
生きていて、できれば元気で、そこにいてくれる。
それだけでいい。
それだけで私の世界は少しだけ、明るくなるから。
いいなと思ったら応援しよう!
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「役に立った」「読んでよかったな」と思っていただけたら、無理がない範囲で応援いただけると嬉しいです。
いつも、皆様のあたたかいお気持ちで活動できています😊