本が好きすぎて不登校になった、とある子供の話
私は、中学1年生の途中以降、最終学歴である専門学校に入学するまで、一切通学していない。いわゆる不登校状態だった。
だがあらかじめ申し上げておきたいのは、この点について、私自身が、ネガティブにとらえていないということだ。したがって、暗い自分語りを想像されていると肩透かしだと思う。
とはいえ自分のケースについて語ることで、誰かの参考になる場合もあるだろうから、不登校にいたった経緯を話そうと思う。
さて、まず最初に語るべきは、私が小学校高学年の頃、読書にドはまりしたという事実だろう。
きっかけは、図書館で何気なく手に取ったとあるライトノベルの一巻だった。今まで読んできた本が嘘のように、スルスルと読めて面白い。あっという間に夢中になった。
それから、似たような小説を手あたり次第に読み漁るようになった。図書館のラノベコーナーにある分を読み切ってしまう頃には、大人向けの小説でも難なく読めるようになっていたので、どんな本も分け隔てなく読んだ。結果としてスティーヴン・キングとフランス文学が苦手になった。ミザリーは子供が読むべき小説ではない。
その頃の読書ペースは異常なもので、図書館に足繫く通い、貸出上限の6冊の本を借りては、2日くらいで読み終わって返しに行くというルーチンを繰り返した。終いには、親の貸出カードも動員して、一度に12冊の本を借りるようになっていった。

当然、生活は読書中心になる。登下校の時も歩きながら読んでいたし、休み時間はもちろん、寝る直前までずっと読んでいた。
道徳の授業で時折行われる『お互いの良いところを手紙で書いて渡そう!』などという催しでは「YeKuさんは、いつも本を読んでいて偉いと思います!」というメッセージをたくさんいただくのが常であった。
私にしてみれば、なぜそれを褒めるのか分からない。
本は面白いから読んでいるのである。
本、特に小説は面白い。小説の中に一つ、全く知らない他人の人生が入っていて、それを追体験することで、普段絶対に味わえない体験ができる。描写の一文をたどれば、現世とは隔絶された、色鮮やかな世界が広がっていく。私はお姫様にも、王子様にもなれた。登場人物たちはまるで実体をもっているかのように、いきいきとお喋りする。
それはつまらない自分、つまらない周囲を全て塗りつぶす圧倒的快楽だった。本の中の世界と比べれば、外は灰色だ。
私は本さえあれば幸せな子供だった。
そんな調子で中学生になり、数か月。
おおよそクラスのカーストも確定し、各々の立ち位置も固定されてくる。
そこで、アレ? と思った。
私は下層のカーストに所属していて、数人オタクっぽい女子の友達がいる、ということで落ち着いていた。
だが、私は人生を通して、読書欲とは別に、謎の「全員と仲良くしたい」という欲求を持っている。
キラキラしている女子たちとも話してみたかった。しかし、たまに輪に入ろうとしてみても、何だか馴染まないのである。たまに一緒に帰ってくれたりする女子もいるが、いつもではない。何より、大勢集まっている場では、いつの間にか空気になっている。
その上、本の読み過ぎて無駄に語彙が大人びてしまい、もはや同い年の子とは会話が成り立たなくなりつつあった。
今考えると、オタクっぽいし、圧倒的に空気が読めない上に、思ったことをそのまま言うので、友達として付き合いたいタイプではないのである。
まあ、そこまで思い至らない私は考えた。
なんか、学校つまんないな。本読んでる方が有意義なんだけど。
勉強はまあ、国語なんてやらなくてもできるし、社会や理科は本読めばいいだけじゃん。と思った。数学だけがネックだが、別に出来ないからどうということも無いだろう。体育は取り組む意味が分からない。逆上がり出来たからなんだっていうんだ。
バカでかい中二病である。
とはいえ、キラキラ女子に若干の未練があったので、私は帰るなり、連絡網を引っ張り出した。女子たちに片っ端から電話をかけていったのである。

トゥルルルル……
「もしもし? YeKuですけど。ねえ、私の悪いところ教えて。なんでみんなと仲良くできないんだと思う?」
『え?』
反応はごもっともである。私はさらに続けた。
「なんか、我がままだったりするところが良くないのかなと思ってるんだけど。どう?」
『えっ……』
彼女は絶句した後、少し迷惑そうに言った。
『それが分かってるなら、自分のそういうところを直したらどう?』
「そっか。そうだね。ありがとう」
私は電話を切った。
***
まあ大体こんな感じである。上の彼女はちょっと冷たい感じだが、突然電話して訳の分からないことを聞いてるので無理もない。親身に答えてくれる子もいた。
私は電話がつながった20人の女子の意見を聞いた後、なるほど、と思った。
無理である。
自分が、周囲よりも明らかに我が強いことには気づいていた。だが、自分では気を付けているつもりなのである。どう直せばいいのかも分からなかったし、直したところで、私が望むように、みんなと仲良くなれる想像はつかない。
やっても見込みが無いことは、さっさと切り捨てるに限る。
おそらく何かの本から学んだのだろう、歴戦のギャンブラーのような謎のポリシーを引っ張り出し、私は「学校に通う」ということを「切り捨てた」。本を読んでいる方が100倍勉強になると本気で思った。
大体、学校に行っていると、なぜか教師のいうことを聞かないといけない。あの人たちは一体、何の権利があって私に意味不明な命令をしてくるのか。せめてお金でも払ってくれれば命令を聞く余地もあろうものを、無償で言うことを聞かせようとは何事か。
などとも考えた。
屁理屈である。
とにかくその翌日から、私は学校へ行くのをやめた。
今思えば、私から電話を受けた子たちや、友達は、翌日から私が不登校になったことで、無駄な罪悪感を持ってしまったのではないか。学級会でも開いて、「YeKuさんが再度登校してきたら、あたたかく迎えてあげよう」などと話してくれたかもしれない。まあ、その日は二度とこなかった。
申し訳ない限りである。あなたたちは悪くない。私が自分勝手だった。
ともあれ、すべてから解放された私は、喜び勇んで狂ったように本を読んだ。もはや、1日12冊借りて、翌日また12冊借りなおすという狂気のルーチンに入っていた。
「本はッ! 本はどこだぁ……」
血走った目で禁断症状に呻く様は、ジャンキーもかくやである。

とにかくすべてを忘れて本に没頭していた。ものすごい集中力で、脳髄の奥深くから滾々と湧き出るドーパミンはとどまる勢いを知らず、謎の万能感と多幸感を私に与え続けていた。今までの人生で一度も使ったことのない言葉だが、「書痴」とはこういうことを言うのかも知れない。
なお、この話の中に親が一切出てこないので妙に思われた方が居るかもしれない。
実は、私が「どうにもならないから切り捨てよう」と初めて判断したのは母だった。家庭内別居状態で、この時コミュニケーションは断絶していた。父はどこかに消えた。
以降、時が経ち、母と話すようになっても、不登校になった理由を説明したことは無い。聞かれないし、なんと説明していいのか分からないのだ。「本が読みたかったんだ」だけでは馬鹿みたいである。いや、実際、馬鹿なのだが。
こういったことを、相談する相手がいなかったわけではない。当時の担任の先生は尊敬できる方だった。
でも私は特に根拠もなく、自分は神のごとく賢く正しいと確信していたので、すべての判断を自身で行い、人に相談しようという発想すらなかった。明らかに、本の読み過ぎである。
以上、このような経緯で私は不登校になり、ついでに、「一度決めたことはやりきる」という当時掲げていた相性の悪いポリシーが組み合わさった結果、その決断を翻すことは二度となかった。
なお、不登校を勧める意図はないが、個人的には特に後悔していない。ここに書ききれない様々な紆余曲折があったが、周りに恵まれ、何とか生きてこれた。
ただ、一つ後悔があるとすれば、当時クラスメイトや先生に心配を掛けてしまったことだ。もしやり直せるなら、「私は元気だけど学校には行きません。お互いの道をそれぞれ生きていきましょう」などと手紙を送って、やはり学校には行かないだろう。
私には父がいないが、特にそれを不便に思うわけでないのと同じで、最初から無くて問題ないものを、あった方が良かったと思い直すことはない。
あるとしたら、なにかの言い訳である。物事がうまく行かないことに理由を探して、父がいないからだ、あるいは、学校に行かなかったからだ。そう考えてしまうことはある。でも結局言い訳だと心のどこかで分かっている。
私はそういう人間だ。父親はいないし、学校には行ってない。
でも、この状態で完全だ。
人と比べて何か欠けていても、それが私を形作っている。
私は、今の私が好きだ。
ともあれ、こういう変な理由で不登校になるヤツもいるんだな、程度に思ってもらえたら幸いである。
なお、不登校でもあまり問題なかったという件については以下の記事でも触れているので、もし興味があれば目を通していただけると嬉しい。
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