もう「頑張る」だけが幸せじゃない私たち。毛布みたいな社会がほしい。
変化ってちょっと疲れたり、怖かったりしますよね。
でもやっぱり、今までの常識は、変わってくるんだろうなって。
「幸せは捨ててとにかく働かなきゃ、豊かになれない」
というのも、思い込みに過ぎないのかもしれません。
6時間で終わる仕事は、無理に8時間かけてやる必要もないはずです。
もっと優しい働き方は…
例えばAI。
ロボティクスも最近、盛んです。
確かに「AIで魔法のように仕事を早くできる」のは、今はホワイトカラーだけかもしれません。
でも、その人たちが頑張って、エッセンシャルワーカーさん(配送、販売、製造、保守…いつもありがとうございます)の仕事も改善して。
少しの時間で大きな成果を出せるようにすれば、きっとみんなの仕事を楽にできますよね。
AIに仕事を奪われるというより、仕事の効率やクオリティを上げてもらう。
そうすれば、より短い時間、少ない人数で、大きな成果を上げられます。
働く時間が短くなれば、今まで「毎日8時間も働くのはキツイ」と感じていた人だって、労働力を提供できるようになります。
私自身も病気があるので8時間というのは辛すぎて、1日休んだり、午前や午後半分だけお休みをいただいたりする時もあります。
もちろん、病気がなくても子育てや介護など、いろんな事情を抱えている人がいます。
制約がある中でも、「働きたい」と思う人。本当は多いんですよね。
「昔の日本人はもっと頑張っていた」は「辛くなかった」じゃない
「昔はがむしゃらに頑張って、誰にも甘えなかったんだ」
って言ったって、「辛くなかった」わけじゃないですよね。
もちろん、仕事が大好きで、頑張れば頑張るほど成果が上がり、どこまでも成長できる……。
そんな方もいると思います。
その方にとっては仕事が人生の喜びの大部分なのでしょう。
でも、仕事が好きではない人も、いたはずです。
頑張っていたのは、無理をしないと周りに取り残されたり、自分だけ豊かになれなかったりするのを「避けたい」から。
それって幸せじゃないですよね。
周りに合わせて、本当は嫌なことをやらされているだけです。
実際に…。
私は母子家庭で育ちました。
だから母は必死に働いて私を育ててくれました。
母にとって仕事が幸せにつながっていたか?
いいえ。
「早く辞めたい」
これが口癖でした。
帰ってくると換気扇の下でタバコを吸い、ボーッとしている。長い時間。仕事であった嫌なことを反芻しているようでした。
「働くこと」の喜びは、母にとっては遠いものだったみたいです。
なぜ、こんなに頑張っているのに満たされないのか
でも、「成長すること」と「個人の幸せ」って、本当に相反するものなのでしょうか。
「全国民が消耗しながらじゃないと成長できないんだ」というのは、やっぱり思い込みかもしれません。
だって、日本のサービスや仕事の質は、世界でも高く評価されています。
むしろ私たちは昔からずっと、一生懸命働いているじゃないですか。
「特に理由もなく、楽してサボりながら生きてきました……!」
なんていう人が、もしいたとしても。
そんな空気を出しただけで、むしろ真っ先に叩かれてしまう社会です。
それなのに、それだけ頑張っても、2025年の世界幸福度ランキングで日本は55位と、低い位置にいます。
(この調査自体は絶対的なものではなく、あくまで主体的な幸せの指標ですが……)
きっと、
「頑張る」だけじゃ必ずしも幸せにつながらないって、私たち、もう分かってしまっているんですよね。
人口は減っていくのに、他の国に追いつくために昔の3倍、4倍働くなんて、人間には無理なんです。
だから短い時間、限られた人数で効率を上げるために、「頑張らなくても」成り立つ仕組み作りを「頑張って」いく…。
そんなふうに、私たちの幸せと、社会の成長も、どちらも諦めずに追って。
優しく、でもしっかりと包み込んで守ってくれる。
そういう「毛布みたいな社会」になればいいな。
そう願っています。
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