ひきこもりは、津波が来ても、部屋から出られない。「出ない」のではなく「出られない」当事者の絶望について
突然ですが、「ひきこもり」の人が事件や災害に巻き込まれら……どうなるでしょうか。
ひきこもりって、贅沢病で、誰かのお金で甘えている人たちでしょう。
そんな印象があれば、
「さすがに命の危機が迫れば外に出て、自分の足で逃げるだろう」
と思う方もいらっしゃるかもしれません。
でも、現実は違います。
3月11日。
東日本大震災の日に起きた無数の悲劇の一つとして、こんな記事があります。
津波が迫る中、ひきこもりだった次男は部屋から出て来なかった。最後まで避難を呼びかけた妻は波に消えた。岩手県陸前高田市の佐々木善仁さん(71)は東日本大震災で2人を失い、息子に向き合ってこなかったことを後悔し、2人の苦しみを知った。自宅を再建するはずだった場所を、ひきこもりや不登校の子どもたちの「居場所」にしようと決めた。
津波迫る中、部屋から出てこなかった次男…元校長が不登校の子どもたちに「居場所」
より引用(2026/3/11アクセス)
東日本大震災の時に逃げ遅れたご家族のお話です。
この記事で取り上げられている佐々木さんの、ひきこもりだった次男(仁也さん)、そして奥様が命を落としました。
津波が迫り、逃げないといけない状況。
お母さまは必死にドアを叩き、「逃げなさい」「出てきなさい」と叫んだはずです。
それでも、彼は出てこなかった。
この話を聞いた時、私が最初に思ったのは
「津波が来て命がかかっているんだったら、いくらなんでも外に出ればいいのに」
ということでした。
でも……よく考えてみると、そういうことではないのです。
逃げないのではなく、逃げられない
「ひきこもり」という言葉。
普段耳にすることは多くても、ほとんどの方が実際には話したことも、見たこともない存在ではないかと思います。
基本的にひきこもっている人は、誰とも話さないことが多い。
学校や会社にいることも稀ですから。
だから、「ひきこもり」の人がどういう感覚の中で生きているのか、なかなか想像が難しいのではないかと思います。
私は今も自宅に引きこもっていて、月に1度も外出しません。幸いリモート環境でも仕事は出来る状態ではありますが、状況は悪化していて、最近では「出られない」に近いです。
その一方で、子供の頃はもっと悲惨な状況でした。
13歳から16歳ぐらいまでの間、基本的に部屋から一歩も出ずに過ごしていました。
もちろん、学校にも行っていません。
ドアの内側に突っ張り棒をして外からは開けられないようにしていました。万が一押し込まれたときのための、脱出用ロープもどきのようなものも用意して、いざとなったら窓から逃げようと思っていました。
あのロープを使ったらちぎれて大けがをしたはずです。
だとしても、躊躇はありませんでした。
とはいえ、私の場合、外に全く出られないわけではありませんでした。人間社会全般に対してもほとほと嫌気が差していましたが、むしろ「母が厭わしい」という感情が大きかった。
この記事でその理由について詳しくは書きませんが、とにかく母と話したり、顔を見たり、存在を感じるのが嫌で嫌で仕方がなかったんですよね。
でも、社会活動をするためには会わざるをえない。
だから、引きこもる。
外に出て母と話したり顔を見るくらいなら、命を捨てることも厭わない。
「怪我をしようと、命を落とそうと知ったこっちゃない。私は外に出ないんだ。私がそう決めたからそうするんだ」
当時はそう考えていて、頑なでした。
過去の記事に書いたような、ここに書ききれない様々な事情はあります。でも、本音と建て前、後付けの解釈と当時の生々しい気持ちが入り乱れていて、「真の原因がなんだったのか?」一言では表現できません。
私も、上述の記事で亡くなられた方も、引きこもりになる理由は人それぞれです。「いろいろ」すぎて、まとめて「これだ」と理由を書くことは不可能です。
「外に出るくらいなら」
私も、冒頭の記事で亡くなった仁也さんと同じです。
運よく大きな事件も災害にも見舞われなかったから、なんとか生きているだけです。
命を落としていたのは、過去の私でもある。
当時の状況を私の場合で想像します。
地震が起きました。
津波が来ます。
母は私を逃がそうと、扉を開けようとする。
あるいはこじ開けて、私を引きずり出そうとする。
私はもちろん、全力で抵抗します。
赤ちゃんではないのですから、私が外に出ないと決めたら、津波が迫る中、母が私を引きずっていくのなんて不可能です。
「当時の自分だったら」同じようになっていた可能性は高い。
引きこもったまま、出られなくて、津波が来て、亡くなってしまうということ。
亡くなった仁也さんは、きっと外に「出ない」のではなく、出られなかった。
仮に「じゃあ外に出よう」と思ったって、何十年も引きこもっている人がいきなり外に出て元気に走って逃げるなんて、無理なんですよね。
私もそうですが、引きこもり続けていると足が萎えて、歩いたり走ったりが物理的に難しくなります。
精神的にも困難です。
ここ数十年泳いでいない人が、昔は泳げたからって水にいきなり落とされて、泳げるわけがない。
仁也さんが外に出るためには、地道で長い努力が必要だったはずです。
でも、地震は突然来た。
何の覚悟もできないまま、驚きと恐怖の中で。
現実はもっと残酷
この件を取り上げた別のニュース記事も見ました。
コメント欄には、厳しい言葉ばかりが並んでいました。
・引きこもりは贅沢だ。私だって引きこもりたい
・親がいるから引きこもれるんだろう。私には縋れる親すらいない
・自分が引きこもるのは勝手だけど、お母さんを巻き込むなんて最低
こうしたコメントを書いた人自身が、ままならない現状に苦しい思いを抱えているのでしょう。気持ちは分かりました。
本人が親のお金でだらけるために「ひきこもって贅沢三昧」をしているのだ。あくまで本人の選択だ、という前提があるように感じました。
でも、「ひきこもり」が「本人の選択肢」として選ばれているケースなんてごく稀です。
自分だってどうにかしたい。
でも、どうにもできない。
努力しても報われない。
そんな絶望の中で、ひきこもる「しかなかった」。
引きこもっている原因が精神的な病気なら、病院に行けとよく言われます。
でも、考えてみれば、引きこもっている人をどうやって医者に見せるのでしょうか。
親が引っ張っていくこともできない。往診したって拒否です。
私もそうでした。
実家で引きこもっていた頃、何度か精神科医の先生や臨床心理士さんが訪ねて来ましたが、無視していました。それは母からの「侵害」と「操作」であるように感じました。かといって、無理強いされたら、私自身が抵抗のために命を落としていたかもしれない。
だから、津波が迫っていても逃げられない。
自由意志で出られるくせに、自分の命とお母さんを犠牲にしてまで、自分のわがままのために外に出ないなんて、ひどい。
そういうことではないんですよね。
「できない」と「やらない」の境界線は曖昧です。
私たちは「やりたい」と思ったことが全てできるわけでは、ないですよね。
現実として、仁也さんは、自分の命がかかっていても、出られなかった。
そこまで追い詰められて動けない状況だったのだと思うと、私自身も辛い気持ちになります。
いったい誰が悪いと言うのでしょう。
お母さまは子どもを助けたかった。
仁也さんは「出られなかった」。
残酷な現実。
でも、私自身にもあり得た現実。
生き残ったお父さまが、今、どんな気持ちでいるのか。
「もっと息子のためにできたことがあったのではないか」
「誰かが同じような悲劇に見舞われる前に、助けたい」
「ひきこもり」支援の取り組みをされているということから、そんな強い思いが伝わってきました。
きっと、このお父さまの気持ちには、多くの人が寄り添えるでしょう。
でも仁也さんの気持ちには?
生き残った私から
「ひきこもり」の方に共感するのは難しいかもしれません。
当人が、どんな気持ちで、どんな時間を過ごしているのか……。
当事者の家族にすら、計り知れないものがあります。
ひきこもっていると、多くの人が「普通」だと思っているようなことはできなくなっていきます。
食べること、歩くこと、話すこと、笑顔を浮かべること、他人の気持ちに寄り添うこと。
できないことばかりが増えていきます。
たまに勇気を出して、挑戦します。
でも、できない。自分に絶望する。
引きこもっていると圧倒的に挑戦の回数が少なくなります。失敗に対する耐性は下がっていく。やることがないから、自分の「ダメ」なところをクヨクヨ考える時間も長くなる。
「ダメな自分」が心にこびりつくから、「次はうまくいくかも。もう一度」と思うのは難しくなる。
自分の気持ちをどうしたって立て直せないけど、励ましてくれる人も、環境変化の圧力もない。ずっと自分の暗い心や現実と向き合って辛くなるか、現実から逃避するために時間を費やす。
生きてはいる。
でも希望はない。
今も未来も、ひたすら暗い。
つらい。消えたい。
でもそれも怖い。
誰にも迷惑をかけずにいられたらいいのに。
ここでささやかに息をしていたい。
生きたい。
すぐさま命の危険があるわけではない。
お金やご飯に困っている訳ではない。
それでも苦しいものは苦しいんですよね。
自分には価値がないと感じ、良くなりそうもない。何もできないのに、ただ生きていて、それが他人に迷惑かもしれない。そう感じながら、幸せでしょうか?
完全には理解できない他人の苦しみを「あなたは私よりマシでしょ」とは言えない。どこにでも喜びがあるようにどこにでも苦しみがあり、それはごく個人的で、単純な比較はできない。
でも、どこに共感しやすいかは人によりますよね。
息子さんを助けようとして、ご自身も命を失ったお母様。生き残ったお父様、そして亡くなった仁也さん。
私は珍しくひきこもりの方に共感ができる立場ですので、その目線から感じたことを書いてみました。
「だから、ひきこもりに同情してくれ」と言うつもりはありません。
あなたには、あなたの苦しさがあるだろうから。
他人に同情している心の余裕が誰にでもあるとは限らないから。
でも、亡くなった仁也さんは、震災の2年前から、こっそりと自宅のトイレとお風呂の掃除をしていたそうです。
小さくても、自分にできることをやろうとしていた。一歩ずつ。
時間がかかっても、少しずつ前を向いて、自分なりの幸せを見つけられたかもしれない。
どんな人にも生きる価値があり、生きている意味があり、ささやかな幸せを大切に抱きしめて、生きていていいんです。
もちろん、これを読んでいるあなたも。
もし仁也さんが生き延びていたなら、なんとか幸せを見つけ、私のように当時の気持ちをnoteにつづる日が来たかもしれないですね。
でももう、仁也さんがnoteに自分の気持ちをつづる日はこない。
一方で、私は彼と似た境遇にあっても、まだ、今も生きている。
同じ人間ではないから、完全な代弁はできません。
けれど少しでも寄り添えればと願って、この文章を捧げます。
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