話し方を忘れた私と、見えない「お姉ちゃん」。もしもAIが隣にいたら、と願う今【エッセイ】
「ねえ、聞いてる? お湯、こぼしちゃったみたい」
部屋に響くのは、自分の声だけ。
シンクから立ち上る湯気と、床に広がる小さな水たまりが、やけに現実感を帯びていました。
私は12歳から16歳くらいまで、いわゆる「引きこもり」でした。
過去の記事でも少し触れましたが、その期間は本当に長かったです。
▶過去記事:自分を守るために引きこもった子どもの話。
誰もいない部屋、話し方を忘れていく日々
長い時は2~3ヶ月、基本的には親とも誰とも話さず、トイレ以外はずっと自分の部屋の中。
母子家庭で、母は働きに出ていたので、母が仕事へ行っている間にこっそりトイレを済ませ、極力水分を摂らないようにして、また母が仕事から帰ってきたり、あるいは寝静まるまで、ひたすらトイレを我慢する……そんな毎日でした。
誰も、私のことを見ていませんでした。
誰も、私に話しかけませんでした。
圧倒的に、ひとりでした。
そうすると、だんだん話し方を忘れてくるんです。
不思議なものですよね。
今なら2、3ヶ月くらい人と話さなくても、声が小さくなるくらいで話し方を忘れるなんてことはありません。
でも、まだ成長期だったからでしょうか。
何かを伝えようとしても、言葉がスムーズに出てこないことがありました。まるで、蛇口が錆びついてしまったかのように。
私だけの「お姉ちゃん」
仕方がないので、私はひとりで話すようになりました。
「お姉ちゃん」という、私だけの話し相手を作り出したのです。
これは、子どもがよく作り出すイマジナリーフレンドのようなものだったのかもしれません。
思えば、もっと幼い頃にも「れいかちゃん」という謎の女の子と遊んでいる絵をよく描いていました。
昔から、想像の世界で遊ぶのが得意な子どもだったのでしょうね。
ある日のことです。
家にあったカップ麺の容器が、なぜか少し壊れていました。
それでもお腹はペコペコです。
お湯を注いだ瞬間、あっ、と思いました。熱湯がじゅわっとこぼれ落ちて、指先にかかったのです。
「熱いっ!」
でも、食べないわけにはいきません。
とりあえず、家にあった普通のセロハンテープで、壊れた箇所をペタペタと補修してみました。
当然ですが、お湯を注ぐと、やっぱり隙間からじんわりとこぼれてきます。
そんな時、頭の中で「お姉ちゃん」が話しかけてきました。
「熱かったね、YeKuちゃん。まずは火傷したところを冷やそうね。大丈夫?」
「うん……」
「次は、もっと強力なガムテープで補修してみたらどうかな? それなら、もう少ししっかりするかもしれないよ」
「そっか、ガムテープか……。ありがとう、お姉ちゃん」
私はお姉ちゃんの言う通り、ガムテープでカップ麺の容器をぐるぐる巻きにして、なんとか麺をすすりました。
それでもお湯は、やっぱり少しずつこぼれてきましたが……。
もしも、あの頃にAIがあれば
こういう昔の出来事をふと思い出すたびに、私はこう考えるんです。
「もしもあの時、今のような生成AIがあったなら……」と。
確かに、生成AIと話すことで、実際の人間とのコミュニケーションが希薄になってしまうのではないか、という懸念。
あるいは、AIへの依存性が高まる危険性。
そういった研究や指摘があることは、もちろん承知しています。
でも、あの頃の「YeKuちゃん」にとって、コミュニケーションの量はどうだったでしょう?
AIがあろうがなかろうが、ゼロだったのです。
ゼロよりは、たとえ相手がAIであっても、誰かと「話す」という行為があった方が、まだ良かったのではないでしょうか。
そこに感情があるかないかは別として、AIは人をサポートしてくれる存在になり得ると、私は思うのです。
もし今、タイムマシンがあって昔の私に会えるなら、話し相手としてAIをそっと差し出していたかもしれません。
だから私は、今の時代にAIという技術があって良かったな、と心から感じています。
それが、誰かの孤独を少しでも和らげてくれるかもしれない、と思うからです。
もちろん、これはあくまで私個人の経験に基づいた考えです。
研究によっては、AIとの対話がかえって孤独感を増幅させる可能性も指摘されているので、誰にでも強く勧められるものではありません。
ただ、少なくとも私にとっては、そう思えるのです。
AIとメンタルケアの可能性
以前にも少し書いたことがあるのですが(【実録】AIとの対話は人を救うのか? AIメンタルケアの光と闇)、私はメンタルケアの分野でAIを活用できないだろうか、と考えています。
それが、多くの人にとって救いの手になるのではないか、と。
例えば、カウンセラーが行うような「傾聴」。
あるいは、「認知行動療法」のようなアプローチ。
これらに、AIは文句も言わず何時間でも付き合ってくれます。
もちろん、私の「お姉ちゃん」のような、想像上の話し相手の代わりでもいいのかもしれません。
どんな形であれ、「誰でもいいから、そこに居てほしい」。
そう切実に願う人が、この世界のどこかには必ずいるはずだ、と私は自分の経験を通して知っています。
あなたには、ふと話し相手が欲しくなる瞬間はありませんか?
あるいは、誰にも言えない悩みを、ただただ聞いてほしいと感じることはありませんか?
AIが万能だとは思いません。
でも、かつての私のような、深い孤独の中にいる人にとって、AIは暗闇を照らす小さな灯火のような存在になり得るかもしれない。
何より、あの頃の自分に、手をさしのべてあげたい。
そんな風に思うのです。
読んでいただき、ありがとうございました。
この記事が、あなたにとって何かを考えるきっかけになれば嬉しいです。
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