どんな人も生きていける社会が優れている
民主主義社会の良いところは、多種多様な考えを持った方が力を合わせて社会を作るところ。
たくさん、色んな人がいるのがいいんです。
言語処理能力が高くて、ホワイトカラーの仕事で力を発揮しやすい人もいれば、そうした仕事が苦手な方もいらっしゃいます。
強気で営業が得意な方もいれば、自分を表現するのが苦手な方もいらっしゃいます。
でもそれでいいんです。それがいいんです。
だって、「強気で営業が得意な方」だけの社会は、「営業は超得意」でもそれ以外のことは点でダメで、会計や計算がずさん過ぎて経済破綻してしまうかもしれません。
職業によって、どうしても給料の高低が生まれ、今求められている仕事に適した素質を持った人が得する世の中にはなっていますが……。
でもそうじゃない人たちが不要なわけではなく、ある場面ではそうした方々の方が力を発揮できるということは往々にあるんです。
だからこそ、誰かを切り捨てるのではなく、どんな人でも生きていける社会をつくる。それが対応力のある強い社会なんです。
一方で、病気や、障害、様々な困難を抱えながら生きている人もいらっしゃいます。そうした方の意見が、ある場面では何らかの問題の解決に役立つということもあるかもしれません。
生き物としても、多様性を持つということは強さです。今後外部の環境や価値観が大きく変化した時、ある特質を持つグループが適応できなくても、あるグループは適応し、生き残って命を未来につなげるかもしれない。
何が功を奏するかは、その時にならなければ分かりません。
好きなことをしていい
各々が自分の好きなことをやっている社会の方が強いんです。
多くの人から「変な子」と思われても、毎日毎日昆虫の観察をしていた子供が、大人になって昆虫博士になるかもしれません。
誰も見向きもしないような鉱物に夢中になっている人が、将来、宇宙開発で行き詰った時の突破口を開く研究成果を持つにいたるかもしれません。
でも、毎日人々のやることや振る舞いを厳しく制限して、「それは無駄」「意味がない」と多様性を排除したら、「今までのアプローチ」でうまく行かない問題が出て来た時に、別の方向でのアプローチが全くできず、問題が暗礁に乗り上げることになりかねません。
だから私たちは、自分たちが好きなことを、好きなようにのびのびやっているのがいいんです。たとえ経済的合理性がなくても、他の人には意味がわからなくても、自分のやりたいことを追い求めるのがいいんです。
それは他の人からは「わがまま」に見えるかもしれませんが、まわりまわって、人類という種全体のためになる可能性を秘めた行動かも知れません。
その人の人生では大きな成果が出なくても、後世に生きる人の力になるかもしれません。
誰に結果が分かるでしょう?
多様性はきれいごとじゃない
「多様性に配慮」と言うと、「きれいごと」と切って捨てられる風潮もありますが、そうではありません。多様性を確保することは、社会全体にとって、合理的なメリットがある志向なんです。
これが民主主義社会における「多様性」の意味。
だから、これを読んでいるあなたが、周りの人に自分のやっていることを理解してもらえなくても、うまく社会に適応できなくても、それでもいいんです。それがいいんです。
どんな立ち位置にいるかに関わらず、あなたも社会を構成する一員であり、何らかの可能性を秘めた探求する魂の一つです。
あなたや私が生きていることや、好きなことを追求することには、目に見える効果や成果を超えて、必ず意味がある。
自分の価値を信じられなくなった時、どうか思い出してください。
今回の記事は、ひいろさんの以下の記事にインスパイアされて書いてみました。
色んな人がいていいですよね。ひいろさん、ありがとうございます。心がふんわりする素敵な記事なので、とってもお勧めです!
最後までお読みいただきありがとうございます! 良かったらスキ/フォローお待ちしてます。あなたにいいことがありますように!
その他の「こころの健康」に関する記事はこちら。▼
いいなと思ったら応援しよう!
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「役に立った」「読んでよかったな」と思っていただけたら、無理がない範囲で応援いただけると嬉しいです。
いつも、皆様のあたたかいお気持ちで活動できています😊