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全員が「メンタル不調」を告白しても、私だけは沈黙を選んでしまう理由【#ここがわたしの生きづらさ】

以前入った開発チームで、初日に顔合わせを兼ねてミーティングがあったときの話です。

まだチームの規模も小さかったので、静かな会議室に数人が集まっていました。

自己紹介などのあと、リーダーが口を開きます。

「ぼく、メンタルあんまり強くないんだよね。みんなはどう?」

なんと、予期せぬ告白。

その場にいた全員が、顔を見合わせました。

すると、続々と告白が続く。

「実は、僕も結構頭痛もちで……」

「メンタルは……弱いですね……」

私以外の全員が、自身の精神的な脆さを訴えている。
初対面の場なんですよ。

なんでしょうか、この現場は?

私は思わず椅子にまっすぐ座り直し、「そうなんですねぇ……」と相槌を打つしかありませんでした。

なんとなく視線が集まり、私の番が回ってきます。

けれど私は、「そうですよねぇ……」「どうなんでしょうね……」「がんばりたいですよねぇ…」とかろうじてつぶやき、曖昧に頷くことしかできませんでした。

別に順番に発表しようという試みではなかったので、その話題はそのまま流れていきました。

全員がメンタル弱めで、少し人の気持ちにも敏感です。だから「うぇーい! Youはどうなのよ?」とか言わないんですね。

でも、客観的に見れば私のメンタルだって、決して強くはありません。
むしろ弱い。

それでも、私はそう言えなかったんです。
他の全員が告白しても…。

その理由は、私の根深い「生きづらさ」にありました。

今日は、春野ましゃこさんのすてきな企画「ここがわたしの生きづらさ」に参加し、この時の感情を紐解いてみます。

「現在進行形の痛み」は、言葉にできない

自分の具体的な病気については、これまでも記事に書いていますし、ここではあらためて書きません。

私の「生きづらさ」。
それは、冒頭のエピソードのように徹底して見栄を張ってしまうことです。

「自分が弱い」
「いま苦しい、辛い」

そんなこと、口が裂けても言えない。
いや、言いたくないのです。

たとえ自分以外の全員が弱さを訴えている安全そうな場所であっても、私は沈黙を選びます。

noteでも同じです。私、毎日noteを始めてから2年半が経ちました。

でも、昔からよく読んでくださっている方はなんとなく察しておられるかもしれませんが…私が

「いま、まさにつらい」
「本当に書けない」
「マジでしんどい」

といったリアルタイムな弱音を吐露している記事はほとんどありません。

それどころか
「今日はバタバタしている」
「体調が悪いので記事が遅れます」
といったことすら、言っているのをほとんど見たことがないはずです。

我ながら、鉄でできてるんでしょうか?
いいえ、バタバタしている日もあれば、疲れていたり、体調が悪い日もあります。

もちろん、過去のことは書いています。
「今は違う」からこそ冷静に書けるだけなんです。

今現在の「弱さ」は、整理されていない、あまりにも生々しいものです。
それを直接書いたり、口に出したりしてしまえば、自分でその弱さを認めたことになってしまう…。それって怖いですし…現実がどうであれ、なんとしても自分では認めたくない。

強い自分でいたい。
だから言いたくない。

でも、状況によっては半ば強制で言わざるを得ない場面もあります。

そういう時、なんだか無理やり自分の心をさらけ出されたようで、イヤな気分になります。

相手の反応がどうであれ、むしろ自分自身が傷ついてしまう。

だから、周りから見ると私は、そんなにつらそうに見えない…はずです。

メンタル不調に陥っている時でさえ、会社の人も周りの人も気づきづらいと思います。
(そして突然来なくなってしまう。ごめんなさい…。)

「強がり」のままでもいい

だからといって、他人にも同じ強さを求めているわけではありません。

むしろ自分がそんな風なので、率直に自分の辛さを明かしている方を尊敬しています。なんて勇気があって、強い人なんだろう…。

この企画を考えてくださった春野ましゃこさんに対しても、そういう部分をすごく尊敬しています。

私自身が痛みを伴わず「ある種の弱さ」を認められるようになるには、まだ相応の時間が必要でしょう。

でも、私自身がそうではなくても、私の周りにはそういう姿勢を持っておられる方が多い。

その姿を見ていると、なんだか自分を重ねて、自分自身が告白したような気分になります。すると、私自身の心も癒されるようで。

だから、無理に変わらなくてもいいんじゃないかなって。

私は、見栄を張って「自分は強いんだ」というフリをし続ける。
涼しい顔をしながら、水面下では必死にもがいている。

だからこそ、率直な人を尊敬できるし、寄り添いたくなります。私なりの視点やクセも、そこから生まれる…。

そう考えれば、強がってしまう自分も悪いことばかりじゃないって思いますし。

「生きづらさ」というのは、簡単に解決できないからこそ「生きづらさ」なんですよね。

ちょっとずつ変えていくことはできても、劇的な変化は難しい。

だから、今の自分のクセを受け入れる。その上でそれが生活の「困りごと」になっているなら、少しずつ、しなやかに形を変えて行けばいい。

そう考えて生きていきたいです。

同じように自分を否定せず、受け入れられる人が増えてほしいと願っています。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

「#ここがわたしの生きづらさ」
2025年12月25日23:59まで記事を募集されていらっしゃいますので、みなさんもぜひ、参加してみてくださいね。

ましゃこさん、素敵な企画をありがとうございます。


#YeKu #エッセイ #メンタルヘルス #生きづらさ #強がり #人間関係の悩み #自己受容 #ここがわたしの生きづらさ

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