「あなたより苦しい人はいっぱいいる」と言われるしんどさ
2025/12/17 ちぇろさんが書いてくださったご感想「今は大丈夫。でも昔の私に勧めたい記事」を、最後にご紹介させていただきました。
「あなたより苦しい人はいくらでもいるんだから我慢しなさい」
と言われると、すごく胸が苦しくなります。
お腹がすいたけどお金がない。
でも、貧困国の人は今まさに餓死しかねないような生活を送っているのだから、私が辛いって言う権利はない。
残業が多くて辛い。
でも、昭和の時代には24時間働く勢いだったんだから、私が根性なしなんだ。
こういう風に考えると、自分で自分を追い詰めているような感覚にもなります。
自分の苦しさを「小さく」捉えて耐える。
少し我慢すれば状況がよくなるなら、まだ良いのですが、これが思考のクセになってしまうと、辛いことも多いです。
「私だけじゃない」と「私より苦しい人がいる」の違い
一方。セルフ・コンパッション(自分への思いやり)の理論では、
「苦しんでいるのは私だけじゃない」
と思うことを重視しています。
つまり、「世界で私だけがひどいミスをおかす欠陥のある人間」じゃなくて、「みんなミスするし、みんな欠陥があるし、みんな苦しい」と思うことで孤独から自分への共感にシフトするんです。
「苦しんでいるのは私だけじゃない」
だから一人じゃない。私が特別劣ってるわけじゃない。
と思うのと、
「私より苦しい人がたくさんいる」
だから弱音を吐いちゃいけない。耐えなければいけない。
というのは、全然違う感覚です。
どちらかというと、後者はあんまり自分に優しくない気がします。
だから人にも、
「あなたなんてまだマシ」
「その程度のことを気にするべきじゃない」
などと言って人の苦しみを矮小化することはしたくないな……。
と思っています。
数字では測れない「がんばり」
今記事を募集させていただいている「今年の自分にありがとう」企画の記事を拝読していると、noteの継続を「がんばったこと」に挙げておられる方が多いです。
それは、100日だったり1000日だったり1500日(!)だったりしました。
でも継続が何日であっても、人によってその頑張りの度合い、そこに生まれた苦しさはやっぱり違うことも分かります。
書くのが苦手で、「じんましん」が出ながらもなんとか自分のやり方を見つけて、続けておられるという方もいらっしゃいました。
私は文章を書いていてじんましんが出たことはありませんし、そうではない方も多いと思います。
だからこうした記事に触れると、継続が何日といった目に見える数字では比べられないと本当に思います。
その人が自分のため、人のためにがんばってきたこと。
その努力も、結果としてうまれる苦しみも、
「でもあの人の方ががんばってる」
「でもあの人の方が苦しんでる」
という言葉で「なかったこと」にはできません。
自分の心のままに、決めていい
だから私も、人にはやっぱりセルフコンパッションの考え方で、
「私にも同じような体験がありました」
「同じような感覚になることがあります」
といった共感、でも押し付けがましくならないようなバランスで接したい。
そんな風に考えています。
これを読んでくれたあなたも、自分のがんばってきたことや苦しみを
「でもこの人に比べたら……」
と、小さなものにしなくていいんですよ。
もちろん、小さなものにした方が今は楽なら、そうしてもいいですし。
ただ、それは自分の心の状態に合わせて、自分で決められるということなんです。
人から無理やり、「小さい」と押し付けられる必要はありません。
記事を読んでくださったちぇろさんから、あたたかいご感想をいただきました。
病室のベッドから、どんな気持ちで読んでくださったのかと、ありがたい気持ちでいっぱいです。
こうして実際に「読みたかった」「励みになった」とおっしゃっていただけること。
私自身が、本当に励みになります。
ちぇろさんの記事も、ぜひご覧になってくださいね。
きっと「自分も…」と励まされるはずです。
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