【第三世代フェミニストの弾薬庫】「大毒婦」サロメと「吉祥天女」叶小夜子の挟間にて。
この投稿で示した多様な進路可能性、恐ろしいまでに分散幅が広がりました。しかし無限遠点ではきっとその全部が一点で交わる筈?
それでは「運命の女(femme fatale)」とは何者か?
欧米には「(聖書に登場する)永遠に神への叛逆を企図し続ける大毒婦サロメ」の概念を理解してないと読み解けない作品がしばしば現れます。https://t.co/j7Gjaga1Lo
— Yasunori Matsuki (@YazMatsuki) March 22, 2025
例えばPearl Jam「 Do the Evolution(1998年)」PV。もうほとんどミソジニー(女性嫌悪)スレスレ…https://t.co/vz3wQ4cjR7
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似非フェミニストの皆様方、キリスト教系倫理観の運用に際してはここに気をつけないといけない事を知らないので、自明の場合としてすぐ同じ女を叩き始めます。バージョンアップが必要な様ですね。https://t.co/BxATmURUye
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実は日本でも1970年代までは「男性側の都合で貞女と毒婦を峻別する伝統」がそれなりに根強かったのです。例えば1960年代から1970年代にかけての少女漫画、特に後発の集英社系は名画の翻案を数多く手掛け、特にオードリー・ヘップバーン主演映画のそれが好まれましたが…https://t.co/9FRb9sdNXQ
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唯一完全に手付かずだったのが「ティファニーに朝食を(原作1951年、映画1961年)」における高級娼婦ホリー・ゴライトリー。私はこの壁を乗り越える決意をし、それを達成したのが柴門ふみの…https://t.co/QKj2EWzxE4
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「P.S.元気です俊平(1980年~1984年)」における桃子や…https://t.co/jdcsPuKg5b
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「東京ラブストーリー(1988年~2016年)」における赤名リカではないかと考えています。特に後者、「アフリカで失踪したホリー・ゴライトリー」と「アフリカ帰りの赤名リカ」を対応させ、映画版で省かれた奔放さにまで踏み込み、かつ彼女を「毒婦」と呼ばせなかったのです。https://t.co/QoEnjzocWm
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当時はインターネット普及前。あくまで「雑誌と読者」「ラジオ番組とリスナー」の様な垂直関係が基軸で、それを越境する水平交流が弱かった事が文化的多様性を育んだ反面、当時についての回想を難しくしてる訳ですが…https://t.co/fitmGyqdej
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いわゆる「ロリコンブーム」なるものにも、単なる「男性作家による男性向け作品」だけでなく「(それまで発表媒体がなかった)性について奔放に描く女性作家に発表の場を与えその作風を広げる」重要な役割があったという事。https://t.co/JJJtFn9Gq4
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そもそも全体像を俯瞰すると、思うより小児性愛要素は少なく、むしろ女性作家が「少女側の事情」をガンガン持ち込んだ事が次の展開に繋がっていくのです。そうした全体像あっての「ホリー・ゴライトリー=赤名リカからの毒婦認定無効化」ではあったのです。https://t.co/LbjRw2W5TZ
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ただ1970年代まで少女漫画では手がつけられなかった(そして欧米では未だ手付かずのままの)「ホリー・ゴライトリーについてどう考えるか?」問題について、日本だけが歴史のこの時点で一応の答えは用意出来た事が「そういえばサロメも少女だよね?」なる考えに…https://t.co/H7ekZRj88M
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あ、ここで山岸凉子「日出処の天子(1980年~1984年)」後日談「馬屋古女王(1984年~1985年)」をどう振り返るべきかという話に接続するのか…そういえば吉田秋生「吉祥天女(1983年=1984年)」もこの時期ならではの空気感がありますね。https://t.co/4VbDAraoYS
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「吉祥天女」の叶小夜子については以下の投稿で書きましたが、その最大の特徴は「作中で何人も殺すのに最後まで一切の罰を受けない」事。ただこれ小泉八雲「雪女」の雪女も、尾崎紅葉「金色夜叉」の赤樫満枝もそうなので日本の伝統みたいなもの?https://t.co/2oW29Ek1BP
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海外だとこれにアシュラ・ル・グイン「アースシー・サイクル」「こわれた腕環(The Tombs of Atuan, 1970年)」における「アチュアン神殿からの大巫女テナー解放の物語」が加わりますね。そういえば彼女も巫女時代に犯した罪を問われない…https://t.co/WYfHWKBEOo
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2010年代前半のtumbrを仕切っていた第三世代フェミニスト残党の姉様方は、かかる地母神的権威性と「噛まないなら吠えるな。噛みちぎれないなら噛むな。一度剣を鞘から抜いたら血塗らずして鞘に戻すな」なる力の運用をセットで考えてました。https://t.co/3Nm0Aqx375
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私が「本物の(ラディカル)フェミニズム」と考えるのはこれだけで、残りは似非に見えるだけだという。なお2020年代にも「ハニエル様の降誕」が…https://t.co/LbETfbZVDV
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そんな感じで以下続報…
