超考察型連載小説「ミラーボールサーカス」第四十ニ話・火炎
誰にも何にも制約を受けることなく、どこまでも歌い踊り続けていたい。自分よりも更に実力のある人がいて、望むものが手に入らなくても、それでも踊りたかった。
踊れなくなったのは、突然のことだった。いつものようにサーカスのための練習をしていたはずなのに、何かから奪われたように音楽が鳴っても踊ることが出来なくなった。私の様子に気づいたミラーボール団長はこう言った。
「ああ……時間が来たんだね。」
「時間?何の?」
「サーカスにはよくあることさ。」
踊れなくなった私にミラーボール団長が貸してくれたのは一冊の本だった。表紙にはただぽつんと黒い点が描かれているだけだ。
「ミラーボール団長、これはどんな本なんですか?」
「人間の物語だよ。」
私は自分の部屋がある車両に戻るとベッドの上で本を読み始めた。
***人間の物語***
かつてこの世界には巨大なモンスター達が暮らしていた。モンスターは宇宙の鳥が作った鏡の向こうからやってきた。
彼らの間では自分達を模した小さな生き物や国を作ることがはやっていた。あるドラゴンの男女も自分達の足りないものを補うようにして、シマグニを作った。
しかし、彼らの間に最初に生まれた子は彼らの姿とは似ても似つかない姿をしていた。悪く言ってしまえば、身体的に他のモンスターよりも未熟だった。腕も足も目も鼻も口もなく、まるでヒルのような見た目をしていた。
しかしドラゴンの夫婦は未来を見越してこう考えた。
「この子はいつの日かとてつもないほどの幸せをこのシマグニにもたらしてくれる。この子が自分の体を完全にすることによって、この国も完全に幸福になるだろう。そのためにはこの子に旅をさせなくては。」
夫婦は子供を麻の船に乗せると、海に流した。
子供を乗せた船は嵐が来ても、晴れの日でも子供を落とすことなくどこまでも進んでいた。まるで子供自体が生きたい、と強く願っているかのように。
しかしある時ついに船は逆さまになった。小さく手も足もない子供はそのまま深く海に沈んで行った。
普通ならそれで死んでしまうものだが、子供は運よく海の中にいた亀の背中に乗り、海の底のお城へやって来た。
その城は海に住むドラゴンが王として納めている城だった。
亀は背中の子を見て驚いた。
「なんだ!?こいつは!まだ生きているぞ!」
海の底の王はその子を見つけてこう言った。
「きっとこの子には生きなければならない運命が背負わされているのでしょう。この子が立派に成長するまで我々が育てましょう。この子の名前は今日からアビスヒコです。」
海の底の生き物たちのおかげで、アビスヒコは何も持たなくとも日に日に成長して言った。
城は絵にも描けない美しさで、いつも音楽が鳴り響いていたがアビスヒコには見ることも聴くことも出来なかった。
しかしなんだか楽しそうにしていることが波の動きや振動から伝わって来た。腕も足もないアビスヒコも小刻みに体を動かした。
すると、どういうわけかアビスヒコの下半身からにょきにょきと足が2本生えて来たのだ。どんな生物とも似ていない肌色で5本指の足だ。
その場にいた魚や海月、蛸は皆驚いて王を呼んだ。
「時が、来たのですね。この子の運命が動き出したようです。」王はアビスヒコの足を指差して言った。「それはきっと、この海の底で使うものではない。あなたは本当に幸せな国を探すために旅に出なければなりません。」
王の言葉はアビスヒコの心に直接入って来た。アビスヒコは亀の背中に乗せられ数年ぶりに陸へ上がった。
アビスヒコの姿を見たモンスター達は迫害したり、怖がったりした。しかし諦めずに進んでいくと、山の中に住む一族に出会った。山の中の一族はアビスヒコを快く受け入れた。
彼らは洞窟の中の鏡石を遠くに住む仲間との交信に使ったり、人形を作る文化を持っていた。(人形と書いているがこの頃はモンスターの人形が多いのだが。)
一族はアビスヒコに人間と同じに見えるような体を作ってやった。これで迫害されることはないだろう。
アビスヒコは体が出来たことで野山を歩いて、走って、日の光を浴びながら今度は山の中で育って行った。
ある晩、山の中の一族が宴会をしている時に、アビスヒコはまた音の振動に釣られて、踊り出した。すると今度は両手が生えてきた。5本指の肌色の両手だ。
「アビスヒコ、お前さんは一体…。」
一族の長は疑問に思い、言った。長は術を使い鏡の中の更に偉い存在に聞いてみた。そして、アビスヒコに伝えた。
「つまりお前さんが踊ることでお前さんの体の足りない部分が戻る。そしてこのシマグニもお前さんと共に本当に幸せな国として完成する。しかし忘れてはならないことがあるぞ。お前さんの踊りは常に透明になってしまった者達のために踊るのだ。」
そうしてまたアビスヒコは旅に出ることになった。
アビスヒコの踊りは評判となり、更には演奏をしてあげたり、アビスヒコと共に旅をするようになる者まで現れた。
それは皆体の一部が欠損していたり、目が見えなかったりと完全な姿ではなかった。彼らは旅をしながらいつも輪になって芸を披露した。輪になることで、幸せな国がその中に出来上がるというイメージだ。
喝采が多くなるほどアビスヒコの体は完全に近づいて来た。花畑の中で踊れば鼻がつき、音楽の大演奏が行われれば、耳が聞こえ、豪華な食事が振る舞われれば口がついた。
口がつき、声が出るようになったアビスヒコは歌を歌うようになった。その歌はどれもこの世界の過去と未来の透明になった者達のことを歌っていた。アビスヒコの歌は更に感動を呼び、残るはアビスヒコの目だけとなった。
しかし、アビスヒコが完全になることを良く思わない者も存在していた。
*****
本はそこで終わっていた。というか、破れてしまっていた。
私はミラーボール団長の元に本を返しに行き、聞いてみた。
「この後のページが無いんですけど。」
「ああ、それはね無くなっちゃったんだよ。だから取り戻しに行かないと。やっぱり自分の目で見れるということは貴重なことだものね。」
「まさか…。」
ミラーボール団長は本を自室のドアにセットして列車を発射させた。
「世界存続計画!!」
列車が山奥の鏡石から出て来た。降りてみると、そこは昔話に出てくるような田舎だった。しかし少し違うのは町並みはどちらかというと西洋風の建物が並んでいて、サイズが人間よりも大きかったことだ。
遠くから賑やかな音が聞こえ、見てみると13人ほどの集団が歩いて来た。皆体の一部が欠損した人間ではない生物の中、中心にいたのが人間だった。木でできた白い杖をついており、髪が長く中世的な人物だ。どことなく神という存在はこんな感じなのではと想像した。集団はこちらの存在に気づくと足を止めた。
「お前たちは、何だ?」
「キミたちの行き着く果てさ。キミは、アビスヒコだね?」
ミラーボール団長が中心の人物の顔を覗き込む。全てが整った顔の中、目だけが義眼だった。
「確かにそんな名前でもある。だが親しい者は大体アヴと呼んでいる。」アビスヒコは言った。黒い髪が風に靡いていた。
「キミは最後に二つの目を手に入れたいと思っている。違うかい?」
「その通りだ。」
「だけど、そのためには今まで以上の喝采が必要。だったら、是非ボクらと一緒に共演しないか?」
ミラーボール団長が提案した途端、空が曇り出した。稲光が走り、雨がぽつぽつと段々激しく降って来た。
「そうはさせない。」雲間から大きくくぐもった声がした。
見上げると何匹かのモンスター達が見下ろすような形でこちらを覗き込んでいた。
「こいつが完成するということは、人間という生物が誕生するということだ。我々は人間という者の未来について予測してみた。人間が誕生するということは、この世界が混沌と化し、争いや貧困、格差が生まれるということになる。この世界は幸せな国どころか、地獄という修羅の道を辿ることになるのだ。そうなる前に、アビスヒコ、お前を消す。」
声はそう言った。アビスヒコは臆せずに答える。「確かに、そうかもな。それでも、それでも踊りたいんだ!」
アビスヒコの叫びと同時にアビスヒコに付いて来た者達が演奏を始めた。それは戦いの開戦を告げるような、焔が燃え上がるような音色だった。
アビスヒコのステップは自由に大地を駆け抜けるようでもあり、まるで地面に這い蹲りながらも必死でもがいているようでもあり魂が揺さぶられるような舞だった。
更にその口から流れる声は、優しく吹き渡る風のようでもあり、喉から血が出るほど生命にしがみつくような叫びのようでもあった。これが透明になった者達の歌なのか。
私の体の内側からも原始的な踊りたいという炎が灯った気がした。
ミラーボール団長は横目で見ていたが、ふいににやっと笑うとヒールの裏側のバネを使ってジャンプした。
そして空にいるモンスターの目線の高さまで来ると、帽子を押さえながら言った。
「地獄のような修羅の世界か。でもきっと、そんなに悪くないよ。」
ミラーボール団長がステッキを振り翳すと円形のステージが出来、サーカスの団員達が踊り出した。火炎が飛び交う中、それは透明になりかけた者達の魂の叫びだった。
ミラーボール団長は私の横に着地すると言った。
「ヨリ、もっと暴れていいよ。」
その言葉が引き金だったのか、それとも私がもう待ちきれないぐらい踊りたがっていたのかわからないが、まるで燃え盛る炎に油を注ぐように私は踊り出していた。
全てが足りない状態で生まれてきても、どれだけ迫害されても、これから訪れる世界が地獄であっても、ただ自分が踊りたいから踊るために踊り歌うために歌う。そのように生きているアビスヒコを見て私もまだ誰かのせいにしては行けないなと思うようになった。自分の中に情熱が残っている限り、まだやれることはある。もっと出来ることがある。
だったらここで留まっていてはいけないのだ。
「もっと!もっと火を!!」
気付くと私はそう叫んでいた。
猛々しい程の人間達の舞にモンスター達は退散して行った。それと同時にアビスヒコの右目が見えるようになった。
ミラーボールは彼らの舞が終わらない間に鏡石のある洞窟に来ていた。鏡石が光り、鏡の向こうに赤い鳥の姿が映る。鳥の左目は無かった。
「やっと姿を表してくれたね。」
「はっ。せっかく妾が作った楽園のような世界を地獄に変えて、そんなに悪くない、か。お前は相変わらず楽観的だな。」
「キミだって退屈しないだろう?苹久。」
「妾はそんな名前じゃない。人違い、いや鳥違いだろう。」
「アビスヒコはあのコと、桃菜と血縁なんだ。アビスヒコがいなかったらボクはキミたちとも会えなかったかもしれない。」
「恋愛至上主義か。よくわからんが、これから訪れる世界がお前の言う宇宙最高のエンターテイメントなのか見届けさせてもらうぞ。」
ミラーボールは嬉しそうに鏡石に向かって笑った。
***
激しい舞が終わり、地面にはアビスヒコの義眼が転がっていた。ミラーボール団長がそれを拾って太陽に透かしてみている。義眼の裏に16枚の花弁の模様が浮かんだ。人形師のグーがそれを見て反応する。
「こ!これは俺の一族の模様と同じじゃないか!まさか人形を作っている一族ってのは、俺の祖先か?」
ミラーボール団長は口では答えず口の端を少し上げた。
両目が見えるようになったアビスヒコは辺りを見渡した。
「空が青い。草が緑で花が美しい。みんなが笑っている、ここが幸せの国なのか?世界ってこんなに美しいものなんだな。こんなに美しい世界がずっと続くといいな。」
モンスター達が駆け寄って来てアビスヒコを胴上げしたりした。ミラーボール団長はその様子を見て微笑むと列車に戻った。私はまた踊れるようになったこととこれからはもっと誰かのために何故踊り歌うのか想像しながら生きたいということを伝えにミラーボール団長の後を追った。
***人間の物語 続き***
アビスヒコはそれからも歌ったり踊ったりして過ごしていた。ある日いつものように踊っていると、突然全身が光に包まれアビスヒコの体が3つに分裂した。
アビスヒコにとってそれは恐いことではなかった。アビスヒコの想いは無駄にならないと知っていたから。
分裂したうちの一つは風に乗って遠くへ行ったが、その場にいた二つは互いの姿を見てはっきりとわかった。これは人間の男女なのだと。
2人は誰が名付けたのか、自分達で呼び合ったのか、互いのことをアダム、リリスと呼んだ。2人は幸せに暮らしていた。
そして何年か経ったある日、アダムは木の下でリリスではない人間の女性に出会った。彼女は言った。
「私はイヴ。はじめまして。」
To be continued…

