感情を丸ごと伝える表現が、好きだ
家族で、テレビのモノマネバトルを見ていた。
同じアーティストの曲を、複数の人がモノマネで歌って、だれが一番本人に似ているかを決める、そんな番組。
息子と、「こっちの人の方が」「いや、こっちの方が似てる!」なんて、きゃっきゃ言いながら見ていた。
ただ、見ているうちに、なんか物足りないな…と思ってしまった。
歌はうまいし、ご本人のテクニックやクセを模倣していて、すごいと思う。
でも、物足りない。
がつんと来てほしいのに、さらーっと流れて行ってしまう。
なんでこんな風に感じるのかと思ったら、たぶん、私は、歌をただなぞるのではなく、歌を自分のものにして、感情を乗せて歌っている歌を聞きたいんだ、と思った。
感情が感じられないから、聞いていて、ぐっと心を掴まれるものがない。
似ているし、テクニックとしては素晴らしいとは思うけど、形をなぞっているだけに感じて物足りない。
感情の生み出す、動きや揺らぎ、力強さが欲しいのだ。
そう考えてみると、私は心の動きが見えるもの、その動きに自分を重ねて動かされるのが好きだ。
BL漫画も、ストーリーが面白いとか、絵が綺麗とか、キャラクターが好き、だけだと少し物足りない。
読み終わった後に、理解しきれなかったけど何か心に残るものがある作品に、惹かれる。
そういった作品は決まって、何度も読み返すうちに、ぽつりぽつりと気づくものがある。
表情に、ああ、このときこんな感情だったのかもしれない、と意味をみつけたとき、その登場人物の感情や人となり、時間の流れがリアルに立ち上がってきて、自分に重なって、私を深く揺るがす。
自分が沼っているなと自覚できるほど何度も読み返す作品は、やはり表現に感情が乗っている。
そういえば、昨年話題になった映画「国宝」を見た時もそうだった。
友人数人に、あれは絶対観た方がいいと、勧められて観に行った。
だが、観終わっての感想は、「うーん…」だった。
なぜあれほど大きな確執があったのに、さらっと次のシーンに行ってしまうんだろう。
あのシーンの、人物の葛藤や感情の爆発をもっと深く知りたかったのに。
そう思ってしまったのだ。
作品としての意図はわかる。
ただ、その意図よりも、私はもっと、登場人物の心の移り変わりを濃厚に味わいたかったのだと思う。
たぶん私は、感情が乗った表現を、無意識に深く求めている。
漫画を読んでも、音楽を聞いても、映画を見ても。
にもかかわらず、私自身は、感情を表現するのが、決してうまくはない。
例えば、今書いているこの文章は、感情で人を動かす文章ではなく、内容でなるほどと納得させる文章だ。
たぶんもともと、私は、納得させる表現の方が得意だった。
でも、納得させる表現だけでは、足りなかった。
自分の感情が相手の心に届いて、その人の中で何かが動く。
そして、その人もまた、何かを伝えたいと思ってくれる。
その瞬間、私の胸は喜びで熱くなる。
いろんなことを考え、苦しみ、通り抜けて、今、自分の感情を頭ではなく、体で感じることを知った。
そして、自分の感情を乗せる文章を書くことの喜びを知った。
感情を表現すること。
感情を乗せて伝えること。
それを、技術としてどう人に伝えられるのか、ずっと考えている。
そして、それが、私の仕事でもある。
自分が何に心動かされたのか。
なぜそれを伝えたいと思ったのか。
その動機や、感情の強さまで丸ごとを伝える言葉を紡ぐ技術。
それが、私が伝えたいことだと思っている。
