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自分の『出来る』を直視したらとても痛かった

自分を見つめ直す時期なのかも

このnoteを書いておいてなんだけど、
今日は心に傷を負わせる可能性もある。自分に対しても。
認めるのって辛いよねぇ…って話。

今日は何でこんな話を書くかといえば、
夢に昔の同級生(※別に仲良くない)が出てきたのがきっかけ。
グロいとかではないけど、なんか気持ち的に後味が悪い夢だった。

だから、何かメンタルの状態が良くないのかなぁと、夢の意味を考えてて、
Copilotにも内容を打ち込んで分析してもらったところ、
創作とかそういった方面の話にも触れてきた。
ここ何回かはスキルの話を出したことだし、
今回の記事では自分の『スキル・出来ること』に焦点を
当てて考えてみることにした。

ここまでの前置きが長いけど、
ここ最近は、求職活動で焦っているせいか、落ち着かなくて、
少しでも何か次に繋げたいと思って、今回の夢のように、
ちょっとしたきっかけから自分を理解してみようとしている。

そんなことをしなくても、今までやってきた自己分析から、
自分の性質はわかっているのだけど、どうしても踏ん切りがつかなくて、
Copilotにホロスコープ読ませて、さらに自分について考えてみたり…。
まぁ、大体は同じような結果に辿り着くだけなんだけど。
でも、そろそろ疲れてきたから、
自分を探るのを終わりにして次に繋げていく方法を考えたいと思っている。

話が飛んだり飛ばなかったり、明らかな矛盾を含んでいる
脳内連想をそのまま出したような長い独り言のような話なので、
気が向いた時に読んでもらえればと思う。


昔の「出来る」に囚われている。

言い換えるなら過去の栄光に縋っている状態。これは少し前の、「過去のスキルを見直して手放すきっかけ」の記事にも言えることなのだけど、
昔の「出来ること」をそのままアップデートせずに持ってきてしまっている。

HTMLもそうなんだけど、何かを作るわけでもないから、
スキルが磨かれないまま止まってる。
それどころか、やらないせいで実力はどんどん落ちていっている。


やるのが怖い、その本音

ずっと前から、クラウドワークスに挑戦してみたいと思っていた。
でも、やりたいと言いつつ、まだ登録すらできていない…。
自分に対して、やるやる詐欺をずっと繰り返している。

ずっと気にしているならやってみたらいいのに、何でできないのか。
依頼が来る来ないは別としてSKIMAとかに登録してみたらいいじゃん。
何故やらないし、できないのか?

おそらく、表面に見える大部分は、まとめたら「めんどくさい」で、
「自分の時間が削れるのが嫌かも」ってのもある。

もう少し掘り下げると、恐れも混じっていそうだ。
自分の実力以上の依頼が来たらどうしよう。
修正来まくったらやだな怖いな、直せなかったらどうしよう…。
期待に応えられなかったらやだな、怖いな…。

実際に受けてみないと分からない部分……。
「相手による」しか言えない部分を想像しては怖がっている。

それに加えて、「他人のために作る事」に対する自分の理想が高すぎて相手の要望を、150%以上で捉える癖もあるかもしれない。
依頼を受けたからには良いものを作るぞ!!を
勝手に気負い過ぎて勝手に「私には無理だ」と自滅している。

これについては、友人宛のイラストを描いたり、
今までの仕事の時に感じてたことを考えるこうかなと。
頼まれたからには100%以上の仕事をしなくては!って
意気込んじゃうんだよね…。

期待されたからにはそれ以上で応えたい。


見栄と本音のズレ

(ここの話は、書いててややこしいなって思っている)

私は自分の実力を、実力以上に見積もっている。気がする。
やった事ないけど、コードや手順を見ながらやれば出来そう。
…みたいな感じかな。ずっと前の過去の経験から、
それでギリギリ乗り切れてしまったことがあるかもしれない…。

本当は「多少は出来る程度」を、
感情が「これは私の得意なことで、出来ること!」って、
勝手に大きく見せている…みたいな感じ。
例えを言えば、中身のないプレゼントボックスに過剰な装飾をつけてるような…?

例えはちょっと言い過ぎかもしれないけど、
何にしろ見栄を張っているんじゃないかなぁと、思った。

そう思ったら、
じゃあ、見栄を張らない本当の実力はどうなのかを知りたくなった。
それで次にどうなるかと言うと、
「とりあえず作ってみよう、やってみよう」
と考える。
でも、ここで、「やりたくない」「面倒くさい」感情が顔を出してくる。

感情としては、やられたら困る。
やったら本当の実力がわかっちゃうから。

ちょっと何を言っているのかわからない、と思うかもしれないけど、
これは理性と感情が喧嘩している部分だと思う。
理性と感情を擬人化すると多分こんな感じ。

理性:やってみたら、自分の実力がどんなもので、
   何が出来ないのかがわかるよ。
感情:嫌だー!!やらなくても出来るんだよ!!
   自分のホントの実力なんて知りたくない!!

分かりづらい部分ではあるから、
まず、感情の方から少し解いていこうと思う。
何で、実力が分かるのが困るんだろう。

例えば、
WEBサイト制作できるようになって、
ようやく「できるよ!」って言えるものができた。
でも、ポートフォリオ用の制作だったり、
依頼だったりで作ることになれば、
今まで、「できる!」と思っていたものの、実際にやってみたら
「これは出来ない」がハッキリ出てきてしまって、
「これなら出来る!」ってハッキリ言えなくなる。
だから困るのかな。

「出来ない部分」を見られたくないのかも。
自信があると思っていたのに、実際に手を動かしてみた途端に、
実際は出来ないことが分かってしまうのが怖いんだと思う。
出来ると思われていたら尚更。
そんな部分を外に出したくないんと思ってしまうのかも。

あー。そう思うと、
仕事でやってたWEBページの軽い修正って1から作る必要がないから、
実力の部分がうまいこと隠れてしまって、やってても大丈夫だったのか。

おそらく同じ理由で、ポートフォリオも作っていない。
私が本気でやれば出来るんだから!を確実に拗らせている例。

これは多分、小さい挫折はあれど大きな挫折をしてこなかった弊害かなぁと思っている。
器用貧乏だったからやってみたらある程度できるけど、
ある程度できちゃったから、それ以上突き詰めることをして来なかったから伸びなかった。…って事も要因の一個かなぁ。

さて、ここまでで、いくつかの矛盾が出てきているのだけど、
器用貧乏である程度やったら伸びない、と、実力を実力以上に見積もっている。この二つについて少し考えてみたんだけど、
おそらくこれの根っこは「認めてくれ!!」って気持ちの部分なんだろうと思う。

承認欲求と達成感。
小さい頃からそこそこ、ある程度はできていたけど、
覚えている限りであまり褒められたことはないし、
すごく頑張ってできるようになった!っていう達成感もない。

ゲームやイラストを描く事が無駄な事だと学生時代に言われてきたのがまだ心に残っていそう…。
それが、「出来た、けど、だから何なんだろう…」という虚しさに繋がっていて、好きな事だとしても、何をやっても面白くないし虚しくなってしまう。

唯一やる気を出させたものが、「認められる」ことなんだと思う。
でも、それのために絵を描くのって、とても苦しいし、辛くなってしまう。
楽しさは、どこ行ってしまったんだろう。
こうなる前は楽しく絵を描いていられたはずなのに。


作れない、作らない理由

スキルの話から少し外れてしまった。
今度は、別のところから切り込んでみようと思う。

作りたいし、描きたい。
気持ち的には持っているのに、何故かできない。
もちろん、先延ばし癖を持っているということも、原因の一つだけど、
それだけではないような気がする。

作れないのは何で?
理想が高い。は、上の方で書いた通り。
「他人のために作る事」に対する自分の理想が高すぎたり、
自分のためだとしても、「どうせ作るのなら良いものを!」が
強く働き過ぎて、こんなんじゃダメだ!って思ってしまう。
たとえ良いアイデアが浮かんだとしても、
「これじゃダメだ!」と否定してしまって、
今の自分の実力では良いものが出来ないと思って、投げ出してしまい、結局何も作れず終わってしまう。

最近の例で言うと、求職活動で使うポートフォリオ制作かな。
今の実力のもので作り直そうと思ったけど、
結局出来なかった。

WEBサイト制作ならば、
どうしたら面接官に認められるだろう?って気持ちが強く出て、考える段階で自分の実力以上のものを考えだすし、
自分の色を出そうって思えば、「私っぽい、私っぽくない」のこだわりが強く出過ぎて結局進まない。
自分らしさを出したいはずなのに、それを表現しようとすると、自分らしさがわからないし、自分の「好き」は本当に「好き」なんだろうか?
…と、根本的なところを疑ってしまう。
こうなると、自分の感覚が本当に信用出来なくなって手が止まってしまう。

ここに、「自分のセンスはおかしい」っていう認識も強く出てきて、
「ダサいと思われるものを作りたくない、でも自分のセンスはおかしい」
という感情も出てくる。
ダサいダサくないは正直わからないところだけど…。

カッコよくて良いものを作って認められたい!
まとめるとたったこの一言。
でもこの一言が制作に対するハードルをめちゃくちゃ上げている。

冷静に考えてみると、
私は、他人の目を必要以上に気にしている事に行き着く。
イラストでもWEBサイト、それ以外の制作で、プライベートの場合でも、
変なものを作ってしまったどうしよう?と、結局の良い悪いは自分の感性次第な部分であるはずなのに、
その判断を他人基準にしようとしている。

普通の人から見て、変だって思われたくない。
そんな感じの恥の感情が非常に強い。
これも過去の感情を拗らせたままずっと引きずっているなぁ。

少し昔を思い出してみると、大体、学生時代あたりから、
何故か皆とズレた感じを抱えている気がする。
詳しく書くと話がズレ過ぎるからかなり端折るけど、
分かりやすいところで服装。
ずっと自分のセンスで選んでこれていなかった感覚があって、
親が何も言わない・からかってこないようなものを選んでいた。
※現在は、一応無難なものは自分で選べるようにはなった…。不安はかなりあるけど。



やらない事には何も始まらない、のは分かっている。

さて、ここまで自分の傷になるようなことばかり書いてきたけど、
そろそろ手当をするか…。
これからどうしようね。

そろそろ、等身大での自分の能力はどれくらいなのか見直したいところ。
でも、どうしたら受け入れて腑に落とせるだろう。
理性の方は、すぐ認めるだろうけど、
感情の方は手強そうだ。
自分を守ってる壁を崩すよ!って言っているようなものだし、
ものすごく抵抗してきそうだなぁ。時間かかりそう。

自分の実力はどのくらいなのか、ちゃんと自覚したら、次はどうするか。
今出来ることは何だろう

承認欲求は強いくせに、仮に認められたからと言って達成感も得難い
このとても扱いにくい性格。
作品制作でも、スキルを磨くのも結局は積み上げだ。
でも、目標を大きくしてもめげるし、
小さく分解しても、達成までに先が長すぎて結局めげる可能性が高い。
ああ、もう、問題が多すぎる。ホントどうすんだ(頭抱える)

答えはもう言っているよね…。
積み上げていくしかない。…何をやろう。
と言っても、出来るできない、やりたいやりたくないを考えて削り落とすと結局創作に行き着くから、創作をするしかないな!

自分の感覚を疑ってしまうこの気質は、
根っこが深過ぎて残ったままにはなるだろうけど、
自分がどのくらいの実力で何が出来るのか自覚できた上で、少しずつでも形にしていけたらそのうち、
「良いか悪いかは分からないけど、なんか好き」
くらいの精神状態には持っていけると思う。


かなり長い文章を書いてしまったので、
此処まで読むのに大変だったかと思います…。
それでも、最後まで読んで下さりありがとうございました!


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