【タイ旅行第7話】旅先で身体を整える日をつくってみた
旅に出ると、つい予定を詰め込みたくなる。
せっかく来たのだから、あそこにも行きたい。
あれも食べたい。
ここも見ておきたい。
移動時間ももったいない。
特に海外旅行だと、なおさらそう思う。
でも今回のタイ旅行では、あえて「身体を整える日」をつくってみた。
観光地をいくつも回るわけではない。
有名店を次々に食べ歩くわけでもない。
朝から晩まで動き回るわけでもない。
ただ、身体をゆるめる。
少し休む。
気持ちいいことをする。
ちゃんと食べる。
ホテルでゴロゴロする。
そんな一日だった。
身体を整える旅の朝
その日は、朝からゆっくり動き始めた。
まずはカフェのモーニングに行った。
旅先の朝に、カフェでゆっくり過ごす時間はいい。
普段とは違う街で、朝食を食べて、コーヒーを飲む。それだけで、少し旅をしている感じがする。
最初は店内にいたのだが、クーラーが少し効きすぎていた。
タイは外に出れば暑い。
だから室内の冷房が強いのはありがたい。
でも、しばらくいると身体が冷えてくる。
少し外の空気に当たりたくなって、外に出た。
すると、その外の空気が思った以上に気持ちよかった。
暑いはずなのに、朝の空気が身体に入ってくる感じがした。
クーラーの効いた室内から外に出たことで、逆に身体が少し戻ってきたような感覚があった。
旅先では、こういう小さな身体の反応が意外と大事だと思う。
暑い。
冷える。
風が気持ちいい。
外に出たい。
少し休みたい。
そういう身体の声を拾うだけで、その日の過ごし方が少し変わる。
また、身体の声をしっかりと受け止める習慣にもつながる。
ベトナム式マッサージと爪の手入れ
その後、ベトナム式マッサージの店に行った。
そこは、爪切りと爪磨き、軽いマッサージがセットになっているような場所だった。
旅先で爪を整える。
考えてみると、少し不思議な時間だ。
爪がきれいになる。
手元が整う。
身体が少しゆるむ。
大きな変化ではない。
でも、旅の中にこういう小さなメンテナンスが入ると、少し気分が上がる。
サウナでのんびりする
その後は、サウナに行った。
タイまで来てサウナか、と思う人もいるかもしれない。
でも、自分にとっては、これはかなり自然な選択だった。
暑い国に来ているのに、さらにサウナに入る。
一見すると変な感じもするが、サウナに入って、汗をかいて、水風呂に入って、少し休むと、身体が整っていく感じがある。
旅先では、移動や暑さや食べ物の違いで、思った以上に身体が疲れている。
その疲れを一度リセットする。
サウナは、そのためのいい場所だった。
また、タイのローカルサウナはどこかのんびりとした雰囲気が漂い、居心地がいい。
何かを達成する時間ではない。
どこかに急ぐ時間でもない。
ただ、入って、出て、休む。
それだけの時間が、旅の途中にあるのはよかった。
漢方麺で、食事からも整える
サウナの後には、牛肉の漢方麺を食べに行った。
これも、ただお腹を満たすというより、身体を整える食事のように感じた。
タイの食事は、辛いもの、甘いもの、油っぽいもの、香りの強いものなど、いろいろある。
それが楽しい。
でも、旅の途中では、身体に入れるものも少し選びたくなる。
牛肉の漢方麺は、どこか身体に染みるような感じがあった。
うまいものを食べる楽しさと、身体を整える感覚が少し重なった。
旅先で食べるものは、単なるグルメではない。
その時の身体の状態に合っているか。
食べた後に、身体がどう感じるか。
そんなことも、少し気になるようになっていた。
ホテルでゴロゴロする時間
食事の後は、ホテルに戻ってゆっくりした。
ベッドに寝転がる。
スマホを見る。
少しうとうとする。
何かを考えるようで、考えていない。
考えていないようで、頭の中では何かが動いている。
旅先のホテルでゴロゴロする時間は、かなり好きだ。
外に出れば、いくらでも刺激はある。
でも、ずっと外に出続けていると、見たものや感じたことが流れていってしまう。
ホテルで休んでいると、その日の出来事が少しずつ身体の中に戻ってくる。
朝の空気。
爪切り。
マッサージ。
サウナ。
漢方麺。
どれも大きな出来事ではない。
でも、こうして並べてみると、その日は一日を通して、身体を整えていたのだと思う。
今回はChatGPTを使って、こうした体験を8コマ漫画にして友人に送ったりもしていた。
たいしたことではない。
でも、旅先での小さな体験を、少し遊びとして外に出してみる。
友人が面白がってくれたり、のんびりした過ごし方をうらやましがってくれたりする。
そんな反応が返ってくるのも面白かった。
これも今回の旅で面白かったことの一つだった。
余白があるから、意味が浮かぶ
第6話では、旅が「消費」から「意味づけ」に変わっていった話を書いた。
ただ、意味づけは、旅先でずっと考え続けていれば起きるものではない。
むしろ、考えすぎると旅が窮屈になる。
今回あらためて感じたのは、意味は余白の中で浮かんでくることがある、ということだった。
動き回る日がある。
新しいものを見る日がある。
食べ歩く日がある。
それも旅の楽しさだ。
でも、その合間に、身体を整える日があると、体験が少し熟成する。
旅の最中は、旅をする。
身体が疲れたら、身体に戻る。
余白の時間に、意味が浮かぶ。
この順番が、自分には合っているのかもしれない。
旅先で身体を整える日をつくってみる
若い頃なら、旅先で休むことに少し罪悪感があったかもしれない。
せっかく来たのに、ホテルでゴロゴロしていていいのか。
もっと観光した方がいいのではないか。
もっと有名な店に行くべきではないか。
そんなふうに思っていた気がする。
でも、今は少し違う。
身体を整えることも、旅の一部でいい。
サウナに入る。
マッサージを受ける。
爪を切る。
身体にやさしいものを食べる。
ホテルで休む。
そういう時間があるから、次の日にまた歩ける。
また食べられる。
また新しいものに反応できる。
これは、旅をサボっているのではなく、旅を続けるための時間なのだと思う。
今回のタイ旅行では、そのことをかなり実感した。
旅先で身体を整える日をつくってみる。
それは、思った以上に良かった。
観光地をたくさん回ったわけではない。
大きな出来事があったわけでもない。
しかし、その一日は、今振り返ると、旅の中の大事な余白だった気がする。
次回は、その余白の中で、頭の中にあった構想が少しずつ動き出していった話を書いてみたい。
