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『何でも言って』と言うのに、誰も話さない職場|会議をしても変わらない7つの理由


「何でも意見を言ってください」と言われたのに、誰も口を開かない。
「分からなければ聞いて」と言われても、聞く前に相手の顔色を見てしまう。
あなたの職場にも、そんな空気はありませんか。



僕の職場でも以前、「心理的安全性」について話し合う会議がありました。

僕も司会者として参加し、出てきた意見を集約しました。

いろいろな話が出て、最後にはそれなりにまとまったと思います。

でも、会議が終わったあと、僕の中には何かが残りました。

これで明日から、何が変わるんやろ。

会議では「意見を言いやすい職場にしよう」と話す。

でも翌日になれば、いつもの職場に戻る。

質問すると嫌そうな顔をされる。
忙しそうな人には声をかけにくい。
困っていても「自分で何とかしよう」となる。

それでは、会議をしただけで終わってしまいます。

今回は、僕が職場で見てきたことや、自分自身の失敗も振り返りながら、なぜ会議をしても職場はなかなか変わらないのかを考えてみました。







誰に読んでほしいか


この記事は、

職場で「何でも言って」と言われるけれど、

本音は言いにくい人。
分からないことがあっても、「こんなことを聞いたら恥ずかしい」と思ってしまう人。
「風通しのいい職場にしよう」と何度も言われているのに、何も変わっていないと感じている人。

そんな人に読んでもらえたらと思っています。

僕は、職場を変える大きな答えを持っているわけではありません。

ただ、長く働いてきた中で、自分も仕事を抱え込み、聞けず、相談できず、しんどくなった経験があります。

だからこそ、「言える職場」と「言えない職場」の違いが、以前より気になるようになりました。


僕は何者か


僕は長く会社員として働き、仕事がうまく回らなくなって2度休職しました。

当時の僕は、

「自分で何とかするのが仕事」
「分からないと言うのは恥ずかしい」
「人に頼る前に、自分で考えないといけない」

そんな気持ちが強かったように思います。

今も働いていますが、若い人から質問を受けることがあります。

以前なら、僕も、「それくらい自分で調べたら」と思っていたかもしれません。

でも今は少し違います。

聞いてくれたということは、そこで仕事が止まらずに済んだということでもあります。

僕自身が休職を経験したから、そう思えるようになったのかもしれません。


この記事をどう役立ててほしいか


この記事を読んで、「これ、うちの職場にもあるな」と1つでも気づいてもらえれば十分だと思っています。

いきなり職場全体を変えようとしても、簡単には変わりません。

僕にもそんな力はありません。

でも、

質問されたときの返し方を少し変える。
困っていそうな人に、こちらからひと言声をかける。
会議で決めたことを1か月後にもう一度確認する。

それくらいなら、できるかもしれません。

大きなスローガンより、明日の職場で1つ変えられることを見つける。

この記事をそんなふうに使ってもらえたらと思っています。


心理的安全性を簡単に言うと


「心理的安全性」という言葉。

僕も最初に聞いたときは、少し難しい言葉やなと思いました。

僕なりに簡単に言えば、

「こんなことを言ったら恥ずかしいかな」「怒られるかな」と必要以上に怖がらず、仕事に必要なことを言える状態

だと考えています。

たとえば、

「分かりません」
「もう一度教えてください」
「僕は少し違うと思います」
「今、この仕事を抱えすぎています」
「ちょっと助けてもらえませんか」

こうした言葉を言えるかどうかです。

何を言っても許される、という意味ではありません。

仕事ですから、間違っていれば直す必要があります。
意見が違えば話し合う。
必要な指摘をする場面もあるでしょう。

でも、

質問しただけで馬鹿にされる。
失敗を報告したら必要以上に責められる。
違う意見を言ったら面倒な人扱いされる。

そんなことが続けば、人はだんだん黙ります。

そして僕が気になったのが、

会議で「心理的安全性を高めよう」と話し合えば、本当に職場は変わるんやろか。

ということでした。

僕は、そう簡単ではないと思っています。


1.「何でも聞いて」と言うのに、聞くと嫌な顔をされる


職場ではよく、「分からなかったら聞いて」と言われます。

でも実際に聞いてみると、

「前にも言ったよね」
「そんなことも知らんの?」
「まず自分で考えて」

そんな返事が返ってくることがあります。

一度ならまだしも、それが何度か続けばどうでしょう。

次に分からないことが出てきても、「これ、聞いて大丈夫かな」と考えるようになります。

そのうち、聞かなくなる。

でも、分からないことがなくなったわけではありません。

黙っているだけです。

以前、後輩から仕事について聞かれたことがありました。

僕もすぐには答えが分からず、「うーん、記憶があいまいやから、確認してみるわ」と返しました。

確認してから、「こういうことみたいや」と伝えると、後輩は納得していました。

それだけのことです。

分からないなら、一緒に確認すればいい。

僕は最近、それでええんちゃうかなと思っています。

「質問していい職場です」と言うことより、質問されたときにどう返すか。

そこに職場の空気が出る気がします。


2.会議では「自由に」と言うのに、普段は本音を言えない


「今日は遠慮せず、自由に意見を言ってください」

会議でよく聞く言葉です。

でも、この言葉を聞くたびに僕は少し考えます。

普段言えないことを、会議になった途端に言えるやろか。

違う意見を言った人が否定されていたり、「またあの人が何か言ってる」という空気があったりしたら、なかなか言えません。

会議で沈黙しているからといって、意見がないとは限らない。

言ったあとが怖いから、黙っているだけかもしれません。

「自由に言ってください」という言葉より、違う意見が出たときに、「そういう見方もあるね」と一度受け止める。

そんな普段の積み重ねの方が大切なんじゃないかと思います。


3.現場で話し合っても、上司の考えが見えない


これも僕が実際に感じたことです。

現場の人間で話し合う。
意見を出す。
まとめる。

でも会議が終わってから、「で、上司はどう考えているんやろ」と思うことがあります。

職場の雰囲気を変えようとしても、担当者だけでは変えられないことがあります。

仕事の割り振り。
人員。
残業。
相談の仕方。
上司の関わり方。

「皆さんで考えてください」で終われば、いつか会議そのものに疲れてきます。

職場に意見を求めるなら、上司も何を考え、何を変えようとしているのかを見せる。

そこまであって、初めて一緒に考えられるのではないでしょうか。


4.事故やトラブルは追いかけるのに、人のしんどさは個人任せになる


これは以前から、僕がずっと引っかかっていることです。

設備の故障が起きる。
事故が起きる。
品質トラブルが起きる。

そんなときは、

なぜ起きたのか。
原因は何か。
再発防止はどうするのか。

かなり細かく確認します。

それは必要なことです。

ところが、人がしんどくなったときはどうでしょう。

本人が言い出すまで分からない。
個人の体調の問題として扱われる。
そのまま話が終わってしまう。

そんなこともあります。

職場が個人の事情に何でも踏み込めばいいとは思いません。

それでも、仕事のトラブルは仕組みの問題として考えるのに、人が限界になったときだけ個人の問題にしてしまう。

僕には、そこがどうしても引っかかります。

僕自身、休職するまで仕事を抱え込みました。

では、あれは全部僕だけの問題だったのか。

今振り返ると、そうとも言い切れないと思っています。


5.助け合うより、「自分の仕事」が優先される


昔の職場が全部よかったとは思っていません。

上司の言うことは絶対。
長時間働くのが当たり前。

そんな時代に戻りたいとも思いません。

ただ最近、少し気になることがあります。

「これは僕の仕事」「そこから先はあなたの仕事」という境目が、以前よりはっきりしてきたように感じます。

役割分担は必要です。

でも、自分の仕事で精いっぱいになると、隣の人が困っていても気づけなくなる。

気づいても手を出せない。

困っている側も、「忙しそうだからやめておこう」となる。

そうなると、チームというより、個人が同じ場所で別々に働いているだけになってしまいます。

それで本当に働きやすくなるのか。

最近、そんなことを考えます。


6.「分からない」「助けて」が言えない


僕はこれが一番よく分かります。

以前の僕がそうだったからです。

仕事を任されたら、「分かりました」と言う。
少し無理でも、「大丈夫です」と言う。

分からなくても、自分で調べる。
仕事が増えても、何とかする。

それが責任感だと思っていました。

でも、その働き方を続けた結果、僕は仕事を抱え込みました。

今なら、

「ここが分かりません」
「今の仕事量では難しいです」
「少し手伝ってもらえませんか」

と言うことも仕事の一部だと思えます。

助けを求めることと、責任を放り出すことは違います。

でも職場で「助けて」が弱さとして扱われると、人は言わなくなります。

そして見えないところで仕事だけが積み上がっていきます。


7.会議で決めたことを、その後誰も確認しない


僕が心理的安全性の会議で一番もったいないと思ったのは、ここです。

会議では、いろいろな意見が出ます。

「もっと声を掛け合おう」
「相談しやすい雰囲気を作ろう」
「お互いを尊重しよう」

きれいにまとまります。

でも1か月後。

「あの話、その後どうなった?」

と確認する人がいない。

僕はここが大事だと思っています。

会議で何を話したかより、そのあと何をしたか。


声のかけ方は変わったのか。
相談しやすくなったのか。
困っている人を放っておかなくなったのか。

そこを一度振り返る。

変わっていなければ、「何で変わらなかったんやろ」ともう一度考える。

会議は、終わったら終了ではなく、そこから始まるものではないでしょうか。


心理的安全性は、会議室だけでは作れない


話し合いは必要ですが、その後が大切


僕は、心理的安全性について会議をすること自体が無駄だとは思っていません。

話し合うから見えてくることもあります。

普段言えなかったことが、会議をきっかけに出てくることもあるでしょう。

ただ、「心理的安全性について話し合いました」だけで終わったら、もったいない。

会議の最後に、

何を1つ変えるのか。
上司はどう関わるのか。
いつ振り返るのか。

そこまで決める。

大げさなことじゃなくてもいいと思います。

たとえば、「質問されたとき、まず否定せずに聞く」

これだけでもいい。

そして1か月後、「少し変わった?」と聞いてみる。

その積み重ねの方が、立派なスローガンより職場を変える気がします。


職場を変えるのは、会議の翌日のひと言かもしれない


「自由に意見を言ってください」

そう言うのは簡単です。

「風通しのいい職場にしましょう」

これもよく聞きます。

でも職場の空気を作っているのは、そんな言葉だけではありません。

質問されたときの返事。
失敗した人へのひと言。
忙しそうな人への声かけ。
「分からない」と言った人への態度。

そんな何気ないやり取りの方が、人はよく見ています。

僕自身、以前はそこまで考えていませんでした。

仕事ができること。
早く終わらせること。
間違えないこと。

そちらばかりを見ていた気がします。

でも今は、「この人には聞いても大丈夫」と思ってもらえることも、仕事の1つなんじゃないかと思っています。

心理的安全性は、会議室の中だけで作るものではない。

会議が終わった翌日、誰かにどう声をかけるか。

そこから始まるのかもしれません。



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