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「優しいですね」と言われるたびに何かが削れていく看護師の話

「優しいですね」
そう言われるたびに、胸の奥で小さく何かが軋む。

看護師は、優しくあることを期待される仕事だ。
笑顔で、丁寧で、感情を乱さない人。
その役割を演じることに、いつからか慣れてしまった。

でも、誰も見ていないところで、優しさが擦り切れていく音を私は聞いている。

もし今「もう何も感じたくない」と思いながら働いているなら、この先を読んでほしい。
これは優しく見える看護師が、心の中で何を失ってきたかの話だ。

感情を抑える日常

看護師は、優しい仕事だと思われている。
白衣を着て、笑顔で患者さんに寄り添う人。
でも本当は、優しい看護師ほど心の中は荒れている。
私たちは感情を持ったまま働くことを、毎日少しずつ手放していく。

「大変なお仕事ですね」「本当に尊敬します」
そう言われるたび、私は曖昧に笑う。

たしかに、優しくあろうとはしている。
怒鳴られても、理不尽な要求をされても、表情は崩さない。
患者さんの前では感情を整え、声のトーンを一定に保つ。
それがプロだと、ずっと教えられてきたから。

優しくするほど削れていく感覚

ナースコールが鳴り止まない夜勤。
人手の足りない現場で、同時にいくつもの優先順位を抱える。
「少し待ってくださいね」と口にしながら、心の中では「今じゃない」と叫んでいる。

それでも笑顔を作る。
言葉を選ぶ。
感情を飲み込む。

一日を終えるたびに、自分の中の何かが少しずつ削れていく。
優しくするほど「自分は後でいい」と思う癖がついていく。
疲れていても、しんどくても「看護師なんだから」と自分に言い聞かせる。

患者さんの痛みには敏感なのに、自分の痛みには驚くほど鈍感になっていく。

何も感じない自分に気づく瞬間

ある日、ふと気づく。
怒鳴られても何も感じなくなっている自分に。
悲しい出来事があっても、心が動かない自分に。

ああ、私、壊れかけているんだな、と。

優しさは無限じゃない。
けれどこの仕事には、それを認める余白が少ない。
「向いていないんじゃない?」
「もっと気持ちを切り替えて」
そう言われて、また黙る。

誰にも見せない裏の顔で、私たちは歯を食いしばって立っている。

辞めなかったのは優しさじゃない何か

それでも辞めなかった理由を考えてみても、立派な答えは見つからない。
救われた患者さんの一言かもしれないし、ここまでやってきた意地かもしれない。
ただ、すべてを投げ出す勇気が、なかっただけかもしれない。

それでも、荒れた心の奥には、まだ少しだけ残っているものがある。

誰かの人生の一部に関わった責任。
簡単には忘れられない顔や名前。
「あなたがいてくれてよかった」と言われた、あの瞬間。

たぶん私は、優しいから続けているわけじゃない。
荒れたままの心を抱えながら、それでも立ち続けているだけだ。

今日もまた仮面をつける自分

今日もまた白衣を着て、仮面をつける。
優しい看護師に見えるように。

本当は、泣きたい日もある。
もう無理だと、誰かに言ってしまいたい日もある。

それでも、何事もなかったように勤務表に名前を書き、何事もなかったように患者さんの前に立つ。
誰にも気づかれないまま、今日も一日を終える。

もしこの記事を読んで「私も同じだ」と思った人がいるなら、それだけでいい。
あなたの心が荒れているのは、あなたが冷たいからじゃない。
優しさを使い切るほど、誰かの痛みに向き合ってきたからだ。

もう限界だと思う日があってもいい。
何も感じなくなった自分を、責めなくていい。
あなたが今まで差し出してきたものは、誰かの人生のそばに残っている。
たとえ自分では見えなくなっていても。

今日も現場に立っている、名前も知られない優しい看護師へ。
どうか、あなた自身の痛みを、これ以上置き去りにしませんように。

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