#6 (本編第4章) 偏った確率を採用した僕のレバナスTQQQシミュレーションモデル : 盛者必衰=衰者必盛?そして、To be Better than Today.
――無常と確率の交差点――
平安の都、鴨長明は語った。
ゆく川の流れは絶えずして、
しかももとの水にあらず。
平家が滅び、琵琶法師は語り弾いた。
おごれる者も久しからず、
盛者必衰の理をあらわす。
学生時代、僕はこれをただの暗記で口にしていた。
だが今なら分かる。
その言葉は、投資にも人生にも刺さる“重さ”を持っている。
相場は川だ。
流れ続け、揺れ続け、姿を変え続ける。
水面に浮かび悠々と流れに乗れば歓喜が生まれ、川底に沈めば不安が満ちる。
けれど川底に沈んだとて、
その先に竜宮城があるかもしれない。
人は沈んでも、再び浮かぶ力を持っている。
盛者必衰。
それは確かに真実だ。
だが、同時にこうも言えるはずだ。
“衰者必盛”も世の理だと。
どんなチャートにも、谷と山が刻まれている。
それは結果ではなく、世の理が摂動した軌跡だ。
闇が濃いほど、光はまぶしい。
その周期性は、偶然に見えて、どこか必然に近い。
「盛者必衰」と「衰者必盛」
その両側に揺れ動く振り子こそ、
幸運と不運の連鎖──
サイコロの出目が織りなす“運命”だ。
僕の中で、静かに何かが動き始めていた。
――静かな歌と、偏った確率――
ラジオから静かに歌が流れる。
“ ため息つけば それで済む
後だけは見ちゃだめと
運がいいとか 悪いとか
人は時々口にするけど
そういうことって確かにあると
あなたを見ててそう思う “
(引用 : さだまさし 無縁坂)
資産が沈んだとき、
この歌のように深呼吸しながら
チャートと向き合う夜がある。
「やっぱり売っておけばよかったな」
「この坂、どこまで続くんだろう」
そんなため息は、投資家の細胞に刻まれている感情だ。
でも気づく。
生き物には、同じ本能がある。
To be better than today
─ 今日より少しでも良くなりたい。
それは人間だけの願いではない。
自然と文明が共有する、進化の律動だ。
ならば、幸運と不運は五分五分ではないはずだ。
もし本当に確率が完全に公平なら、
文明も進化も、奇跡も生まれていない。
幸運は、人間の営みの中に、静かに埋め込まれてきた。
僕たちは、負け続ける世界ではなく、
**少しだけ未来に傾いた世界**で生きている。
不運は確かにある。
だけど、ただの偶然では片づけられない。
人類は倒れても立ち上がり、
失っても、また作り直し、
破壊の跡地に、さらに高い塔を建ててきた。
その事実そのものが
「わずかに表を出やすくしたコイン」
の証拠だ。
だから僕は信じている。
相場には“偶然の偏り”が潜んでいる。
それは文明の呼吸であり、 僕たちが作ろうとしているモデルが捉える
**運命の数理**だと。
(続く)
(追記)
本記事は特定の金融商品を推奨する意図はありません。
また、僕個人の主観による誇張を伴う表現も含みます。
