#4 (本編第2章) 偏った確率を採用した僕のレバナスTQQQシミュレーションモデル : 幸運と不運が支配する世界
──相場の重力と、連鎖する運命──
この世界は、思っていたより静かだ。
価格は一本の軌跡に見えるのに、
その背後には、無数の糸が絡みついている。
見えるのは一本の道。
でも、動かしているのは無数の偶然。
その偶然たちが、互いを引き寄せ、押し返し、ときに渦を巻き、
ときに規則めいた呼吸を生む。
まるで、誰かがサイコロを振っているみたいだ。
──そう気づいた瞬間だった。
僕のなかに、ひとつの仮説が芽生えた。
「もし市場がサイコロでできているなら --- その出目が“幸運”と“不運”を決め、 連鎖しながら相場に息を吹き込んでいるのではないか。」
僕は机に手を伸ばす。
今度はコインではない。
六面体──サイコロ。
ころん、と転がる音。
その音は、小さくても、深かった。
それは“世界の決め方”がどこかに存在するという響きだった。
⸻
金融の賢人たちは言う。
「市場はランダムウォークだ」
だが、僕はこう問い返す。
もし、そのランダムウォークこそが
“少し酔った歩き方”だとしたら?
上を向き、流れ星に希望を託し引かれながら、でも足元を見ずに転ぶ酔っ払い。
滑稽で、愛おしく、
けれど確かに前へ進もうとする歩み。
だとすれば、
その一歩一歩の「偶然」には、
ごくわずかな“重力”があるはずだ。
幸運の方向へ、ほんの少しだけ傾く。
不運の方へ、たまに落ちる。
その連鎖が、市場という大地をかすかに傾ける。
重力のように。
風のように。
誰にも見えないけれど、確かに働く力。
僕はそれを“偏り”と呼んだ。
そして、その偏りの源泉を知りたくて、再びサイコロを転がす。
ころん。
その瞬間、僕は理解したのかもしれない。
相場は完全なランダムではない。
但し、完全な意思も持たない。
その間にある。
**幸運と不運のあいだで揺れる、
文明が作り出した偏りのあるランダム。**
それは偶然と必然が重なり合う、
静かな地形だった。
その地形を理解することは、時間を読み、未来を触れるということ。
サイコロの転がる音が、僕の時間を変えた。
そして、
お金の意味も変えていった。
(続く)
追記
本記事は特定の金融商品を推奨する意図はありません。
