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江戸川区の「記憶の再定住」―郷土本居酒屋が編み直すベッドタウンの風景

※こちらのNOTE記事にインスパイアされています。



 東京都江戸川区。都心や副都心への優れた交通利便性は、一方で、人々の生活関心が区外へ向く「ストロー効果」を常態化させてきた。多くの住民にとって、この地は「寝るための場所」というベッドタウンの均衡の中にあり、土地の固有の歴史や物語との接点は希薄になりがちである。
 この均質化した風景の中に、いかにして「地域への愛着」という根を張るか。そういうモヤモヤの中で、「郷土本カフェ」、「郷土本居酒屋」という発想があることを、teco_storyさんのnote記事で知りました。

郷土本カフェ、郷土本居酒屋って?

 郷土本カフェや郷土本居酒屋とは、単なる飲食店ではない。そこには、江戸川の地誌や、かつてこの地に広がっていた金魚養殖や蓮根栽培の記録、あるいは高度経済成長期に地方から上京してきた先達の「生活史」が、ZINEや手書きの冊子として棚に並ぶ。社会学者・岸政彦が説く、統計に還元できない個人の語りを作品化する「生活史」の手法が、飲食の場という日常の文脈で社会実装されるのである。
 ベッドタウンにおけるこの取り組みの意義は、住民を消費主体から「地域の継承者」へと変容させる点にある。仕事帰りにふらりと立ち寄った居酒屋で、自分が今住んでいるマンションの地下に眠るかつての農村風景や、名もなき住民の苦労譚に触れる。そのとき、無機質なベッドタウンは、重層的な時間の厚みを持った「固有の場所」へと姿を変える。これは、チエーンのカフェ店に代表される洗練された、しかし記号的なサードプレイスでは代替不可能な、身体的な地域体験である。

地域の記憶の編集長

 この仕組みを区内に定着させるためには、公的な支援が不可欠である。まず、江戸川区立図書館が保有する膨大な郷土資料や古写真を「地域資産」として開放し、飲食店が自由に展示・編集できる「アウトリーチ型ライブラリー」の制度を構築すべきだ。また、NPOが媒介となり、地元の高齢者への聞き書きをZINE化するワークショップを各店で開催する。店主を「地域の記憶の編集長」として公的に認定し、改装費の助成や固定資産税の優遇を行うことで、低回転でも「大人が静かに思考し、交流できる場」としての経営基盤を支える。

ベッドタウンを乗り越える「知的止り木」

 「郷土本」というメディアを介した、非同期で緩やかな連帯。それは、効率性を重視する都市生活の中で、私たちが「どこから来て、どこに立っているのか」を確認するための知的な止まり木となる。江戸川区が、単に便利なベッドタウンから、住民が自らの物語をこの地に刻み込む「真の故郷」へと成熟するために。郷土本カフェや郷土本居酒屋は、その静かな、しかし確かな文化の拠点となるのではなかろうか。