市民は自治体の事務事業を冷静に見ている
「事業仕分け」タイプの「自分ごと化会議」
投票でも試験でもなく、無作為抽出で選ばれた市民は、地域課題についてフラットに議論するのが「自分ごと化会議」です。この「自分ごと化会議」には、地域の課題を発掘し、その課題を解決する手法を、個々の市民が行うことが望まされることを含めて、提案する「住民対話」タイプと、地域課題の解決のために自治体が行っている事務事業についてのその適切性を市民が判定、判断する「事業仕分け」タイプがあります。
後者の「事業仕分け」タイプの「自分ごと化会議」では、様々な自治体ののべ800以上の事務事業について、市民判定人がその適否を判断しています。その無作為に選ばれた市民判定人の皆さんの判定の記録を見ていくと、とても冷静かつシビアに自治体の事務事業を見ていることが分かります。
部分の代表ではない「全体」の代表
この市民判定人の冷静さ、シビアさは、実際に事業を遂行している行政職員や特定の有権者への忖度をしなければならない地方議会議員とは、また違った「冷静さ」「シビアさ」ということができるでしょう。これは、行政事業に対し直接的な利害や事前情報を持たない「くじ引き」によって集まったメンバーだからこそ生み出されたものだということができます。日本国憲法がいうところの「全国民の代表」という性格が具体化できる一場面ということになります。
特異性のあるミニ・パブリックス
さて、無作為抽出市民による事業仕分けというのは、あまり諸外国には例のない取り組みではないかと思います。OECDのOpen Government Unitによるミニ・パブリックスの12のモデルにもピッタリ当てはまるものはないようです。
(本書 p48~50 参照)
ミニ・パブリックスは、行政の個々の事業の妥当性判断というよりも、市民の新しい潜在ニーズをアジェンダ化するという政策形成機能を軸に実践が積み重ねられているようです。要すれば、OECD等が中心的に考えているのは「住民対話」タイプの方ということになります。
個別事業の適否判断という権力作用を無作為抽出の市民が行うというのは、「自分ごと化会議」の特徴ということができるでしょう。
執政府を監視する市民団
このような市民判定人による個別事業の「仕分け」という仕組みは、むしろ、大統領化する執政府に対し警鐘を鳴らしているフランスの政治学・政治哲学研究者であるロザンヴァロンの「良き統治」という本の中で指摘されている住民参加の制度組織の中にみられるものではないかと思います。
ロザンヴァロンは、大統領化する執政府を市民が監視する3つの制度として「民主的機能評議会」「公共委員会」そして「市民的監視団」というものを提案しています。この内の3番目「市民的監視団」とは、「統治者の監督(応答性の分野、たとえば統治責任の全うや政治的発言の批評)を専門とし、市民の制関与(の促進)、市民の教育、あるいは市民への情報提供の仕事を行う」とされており、これが比較的「事業仕分け」タイプの「自分ごと化会議」に似通った部分を持っているのではないかと思います。

成長の果実を分配していればよかった時代から、人口減少下に負担を分かち合うことが必要な時代になった日本では、こういった無作為抽出で選ばれた市民によって、自治体行政の事業をち密に分析評価するということが、非常に重要になっていることは間違いありませ。
というのも、成果の分配は分配先という「部分」を選ぶことが政治行政の役目でしたが、負担の分配は「全体」へのバランスのとれた配慮ということが政治行政の役目となっていくからです。
