「住めば都」を探して ― 一人で決める、これからの住処
災害のニュースを見るたびに、「自分にとって住みやすい場所はどこだろう」と、つい考えてしまいます。
住みやすさを決める、たくさんの条件
住みたい場所を考えるとき、条件は本当にいろいろあります。
都道府県のどこか、市町村のどこか。山沿いか、海の近くか。
鉄道路線のアクセスの良さ、台風や雪の被害の少なさ、空気のきれいさ、水害の起こりにくさ。挙げていけば、きりがありません。
そして同じ場所でも、そのときの環境や家族構成、職場によって、自分にとってのベストは変わっていくものだと思います。
若いころに理想だった場所が、年を重ねてからも同じように理想であり続けるとは限らないのです。
体力や健康状態、収入、そのときそばにいてくれる人の有無によっても、「住みやすさ」の中身は少しずつ形を変えていくのだと思います。
年齢を重ねていく自分を想像してみる
昨今、自然災害のニュースが増えてきたこともあり、私は「これから自分が年を重ねたとき、どこに住むのが良いか」を真剣に考えるようになりました。
移動がだんだん困難になっていく可能性も、視野に入れながらです。
そうして出した結論は、地方都市が自分には合っているのではないか、ということでした。
駅からは少し遠いですし、公共交通機関もそれほど便利ではありません。今の年齢であれば、それほど不便には感じていません。
けれど、自分がもっと年を重ねたころには、今よりも都市機能がコンパクトになっているかもしれない。
一方で、自動運転の車や、歩道を通れるシルバーカーが、今よりずっと進化しているかもしれない。
そんな未来を、少し楽観的に想像しながら考えました。
「田舎の戸建て」も「ヨーロッパの小さな町」も考えた
一時期は、田舎で中古の戸建てを買って住む方法も、真剣に検討していました。庭で野菜を育てながら、静かに暮らす生活です。
妄想に近いレベルかもしれませんが、ヨーロッパの小さな町で暮らすライフスタイルに憧れた時期もあります。石畳の道と、小さな市場のある町を思い浮かべては、心を遊ばせていました。
私は天涯孤独で、家族がいません。だからこそ、住みたい場所を、原則として自分だけの意思で決められるという自由があります。
誰かの通勤先や、子どもの学区に合わせる必要がない。これは、一人身ならではの身軽さだと思っています。
もちろん、住みたい場所に土地がなければ叶いませんし、仕事の種類によっては通勤距離から逆算して、住める範囲がある程度限られてくることもあるでしょう。
自由に見えて、実際にはいくつもの制約の中で選んでいるのだと思います。それでも、いろいろな条件を考え合わせながら、住む場所は自然と決まっていくものなのだと感じています。
結局のところ、完全に理想通りの場所というのは、どこにも存在しないのかもしれません。だからこそ、条件に優先順位をつけて、譲れないものと妥協できるものを、自分の中で整理していく作業が必要なのだと思います。
今の住処に、後悔はない
結果として、今の住環境に、私は満足しています。
水害の起こりやすい土地ではありますが、海抜は少しだけ高めの場所を選びました。地図を眺めながら、地形を確かめて決めた場所です。
これから少子化で人口減少が続いたとしても、極端な田舎町ではないので、限界集落になっていく心配は少なそうです。
自分がその場所を好きかどうかは、最優先事項だと思います。理屈より先に、この土地の空気が肌に合う、という感覚は、案外あなどれないものです。
そのうえで、仕事をするうえで便利かどうか、気候の影響が大きくても乗り越えられる場所か、身近に自然と接することができるか。
いろいろな側面を考え合わせながら、これからも様々な災害があるかもしれません。
それでも、住み慣れた場所で、たとえ被害にあったとしても、なんとか乗り越えられそうだと思える場所。
「ここに住んでいて後悔はなかった」と思える場所。
それが今の私にとっての、住めば都の住処なのだと思います。
