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おなら研究家、尻を焼く

おなら研究家、尻を焼く

子供の頃、私はおなら研究家だった。

別に誰かに任命されたわけではない。 白衣を着ていたわけでもないし、研究室があったわけでもない。

ただ、気になってしまったのだ。


【部屋でするおならと、水中でするおならはどちらが臭いのか】


この問題が。

今思えば、本当にどうでもいい。 だが子供にとって「気になる」は、それだけで世界を動かす理由になる。

まず私は親に聞いた。

「え?知らん」

兄弟にも聞いた。 友達にも聞いた。

だが返ってくるのは、

「なんでそんなこと聞くの?」

という、あまりにも冷たい言葉ばかりだった。


気になるからに決まってんだろうが。


世界の誰もこの問題と真剣に向き合っていないことに、私は苛立ち始めた。


ならば、自分でやるしかない。

こうして私は、自らの身体を使った実験へと踏み切った。

おならが出そうになったら風呂へ向かう。


私はこの一連の行動を、密かに 「おならお風呂プロジェクト」 と名付けていた。


基準となる通常おならを10とし、 風呂おならがどれほどの数値を叩き出すのかを検証する。

極めて重要な研究である。


その頃、夏休みで、ひとつ上のいとこのお姉ちゃんが泊まりに来ていた。

毎日一緒に風呂へ入っていた。


研究を続けたかった私は、思い切って協力を要請した。

「なにそれ面白そう」

いとこは驚くほどノリが良かった。

今思えば、あの人もだいぶおかしい。


こうして私たちは、湯船の中で“その時”を待つことになった。


数日後。

ついに機会は訪れる。

――――来る。


湯船に浸かっていた私は、その気配を察知した。

静かに洗面器を沈める。

捕獲準備完了。


ボゴワアア……


かなり大きい。

だが私は冷静だった。

泡を逃さぬよう慎重に洗面器を動かし、ついに内側へ完全捕獲することに成功した。


純度100%のおなら。

私は、歴史が動いた瞬間を感じていた。

まずは共同研究者であるいとこが確認することになった。

彼女は息を吸い込み、頭まで潜る。

洗面器にぴったり顔が張りついた。

次の瞬間だった。

「グフッ……!」

泡を吹きながら急浮上したのである。

「うおえ……」

何その反応。

私のおならに対して失礼じゃない?


いとこは激しく咳き込みながら、 「ヤバい」 とだけ言い残し、風呂から出て行ってしまった。


湯船には私と洗面器だけが残された。

ついに私自身が真実へ辿り着く時が来たのだ。


――その時、私は違和感に気づく。


洗面器が、さっきより浮いている。

明らかに内部の気体量が増えていた。


違う。


これはおならではない。

いとこがむせた時に吐き出した息が混ざっている。

私は一気に冷静になった。


純度100%ではなくなってしまった。

何が悲しくて親戚の息を吸わねばならんのか。

研究者として許しがたい事態だった。

だが、ここまで来た以上、確認しないわけにはいかない。

私は覚悟を決め、洗面器へ潜った。


そして吸った瞬間、

「ゔおええ……!!」

鼻腔を突き抜ける刺激。

温泉地の硫黄にも似た、まとわりつく臭気。

私はいとこと同じように浮上し、激しく咳き込んだ。


あまりにも特上のおならだった。


研究結果として、 私は風呂おならを「30」と結論づけた。

通常の三倍である。

この成功体験が、私を狂わせた。


おならはガス性物質だ。

ならば、ろうそくの火に近づけた時、 燃えるのか。 それとも勢いで火が消えるのか。

これもまた、解き明かさねばならない問題だった。


夏休み後半。

いとこが帰ったあと、 私は第二段階―― 「おならろうそくプロジェクト」 を開始した。

まずは安全対策である。

靴を全部端へ寄せ、 玄関のたたきにろうそくを設置。

水を張ったバケツも用意。

完璧だ。


私は火をつけ、 四つん這いになり、 スカートをまくり上げ、 ろうそくへ向けて静かに尻を構えた。

発射準備完了。

あとは待つだけだった。


……。


……出ない。


体勢がきつい。

そもそも玄関は、おなら発射姿勢に適していなかった。


膝が痛い。

少し体勢を変えよう。

そう思った瞬間だった。

玄関が開いた。

驚いてバランスを崩す。

その瞬間。

チリッ。

「あっつい!!」


尻が焼けた。


私は尻を押さえながら玄関で転げ回った。

帰宅した親は、状況を一瞬で理解した。

親は無言で私の尻を確認した。


赤くなった部分に、そっと手を当てる。


「……馬鹿か、お前」


その一言のあと、親は医療品棚から軟膏を取り出した。


私は、親に尻を触られながら軟膏を塗られるという、


子どもの頃から経験したことのない「究極の屈辱」を感じていた。


同時に思った。


「あ、この親、本気で怒ってる」と。


頭を叩かれるより、この「無言で軟膏を塗る」という行為の方が、どれほど親が呆れているかを物語っていた。

親の手が尻から離れた。

そして、二度とおなら研究をしないようにときつく言われた。

プロジェクト永久凍結。

こうして私は、 焼けた尻と深い屈辱を抱えたまま、 おなら研究家を廃業することになったのである。

その後、研究結果を夏休みの自由研究として学校で発表しようとして、親に止められた。
親からの説得に遭い、「アリの観察日記」という無難でなんともつまらないものに差し替えられた。

ちなみに現在の私は、火を使ったおなら研究こそ行っていないが、

「気になったら実際に試さないと気が済まない」

という性質だけは、まったく治っていない。

たぶん、人間の本質なんて、そう簡単には変わらないのだろう。




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