人生には“折り返し地点”なんて存在しない片道だから今を大切に生きるべき?
こんにちは、やらぽんです。
今回は、「人生の長さ」についての独り言を。
よく耳にしますよね。
「20歳が折り返し地点」
「いや、40歳だ」
「いやいや、60歳でしょ」…って。
でも、ふと思うんです。
人生って、往復できる旅路だったっけ?
実のところ、人生は──
往きっぱなしの片道切符で乗せられた、ミステリー列車みたいなもの。
終着することは分かっているのに、
その駅名も、到着時間も、誰にもわからない。
だから、どこかで「折り返し地点」を設定したくなる気持ちもわかるけど、
そもそも過去には戻れない。
つまり、折り返し地点なんて最初から存在しないんです。
そう、往きっぱなしのうえに、終着することはわかっていても、その終着駅名を知らないままで、片道切符だけで自分の意思とは関係なく、強制的に乗せられているミステリー列車が、人生という旅路なわけです。
いつ、「あなたの降りる駅はここです!」と宣告を受けて、仕方なく下りることになるのかは、誰にも予測できない旅路、それが人生というもの。
人生には、折り返し地点は存在しない。
言葉のあやではなく、事実として、過ぎ去った過去には戻れないのです。
だから、往きっぱなしの片道なんですよね。
車窓から見える景色も、
旅の途中で出会う人たちも、
全部が「その瞬間限り」の一度きり。
そう考えると、人生ってやっぱり──
一期一会の連続なんですよね。
そして、折り返せない旅だからこそ、
大切なのは「今この瞬間」をどう過ごすか。
いつ終着駅に着くのかは、誰にも予測できない。
明日かもしれないし、10年後かもしれない。
だからこそ、今できること、今会える人、今感じられることを大切にしていたい。
平均寿命や余命を単純に区間で分割し、ここまでが往路(前半)で、こっからが復路(後半)です・・・・なんて、人生を前半・後半で区切るとか色分けしても意味がないことは、ご理解いただけると思います。
往きっぱなしの片道ミステリー列車でも、乗車のマナーや違反行為で強制下車させられないような生き方・価値観で、できるだけ到着時間を先延ばしして、ミステリーの旅を楽しめれば、いうことないですよね。
人生に折り返し地点があるなんて、甘い考えをもたずに、片道の往きっぱなしで戻れないことを自覚して、明日なのか、10年後なのかも知れない終わりの時を、笑顔で迎えられるような、そんな旅路にしたいものです。
うかうかと生きていると、
気づけば終着駅がすぐそこだった──なんてことも。
だから、笑顔でその日を迎えられるように終わりの時を自覚して、今という時間をのほほんと、でも丁寧に生きていきたいものですね。
ってことで、今回は
「人生には“折り返し地点”なんて存在しない片道だから今を大切に生きるべき?」人生を戻れる前提で折り返し地点を語る意味の無さの話でした。😓
※見出し画像のイラストは、メイプル楓さんからお借りしました。
では!
二度と来ぬ この瞬間を のほほんと
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