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映画『顔を捨てた男』を語る【書き起こし 2025.7.24 #179配信】

この記事は映画感想Podcast『ヤンパチーノのシネマビーツ』#179映画『顔を捨てた男について語った音声の書き起こしです。

映画コーナーです。本日取り上げる作品は、7月11日公開の『顔を捨てた男』。

英題は『A Different Man』。A24の作品で、アーロン・シンバーグ監督。主演はセバスチャン・スタンですね。『サンダーボルツ』のバッキーとしておなじみの俳優で、最近だと『アプレンティス』で若きトランプを演じたのも話題でしたが、実はこの映画の方が先に撮られていたようです。

セバスチャン・スタン演じる主人公エドワードは、顔に変形のある男で、役者を目指しています。ニューヨークのやや雑然としたビルに暮らしていて、隣に住むのがレナーテ・レインスヴェ演じるイングリッド。『私は最悪』で主演していた彼女ですね。あの作品がとても好きだったので嬉しかったです。

エドワードはイングリッドにほのかな恋心を抱くのですが、少し距離が縮まったかなと思った矢先、彼が少し踏み込んだ瞬間に彼女がスッと引く描写があって、あれは見ていてかなりつらかった。いたたまれない瞬間でした。

その後、エドワードは顔の症状を治療する新薬を手に入れます。うさんくさい雰囲気の中で手に入れた薬ですが、それによって彼の顔は“治る”んですよね。特殊メイクで施された皮膚の異常が取り除かれ、いわゆるセバスチャン・スタンの顔になる。そこから彼の人生が一気に動き出すことになります。

そんな中で登場するのが、アダム・ピアソン演じるオズワルド。彼も顔に同じような症状を抱えていますが、エドワードとは対照的に、非常に自信に満ちていて社交的で、カリスマ性のある人物。エドワードの過去の姿にそっくりな見た目なのに、中身はまったく違う。そのギャップが、エドワードの内面を大きく揺さぶっていく。

正直、観終わった直後はかなり混乱しました。「これはどう捉えればいいんだろう」と思いながら、今も答えが出ていない。なんとも言い難い余韻が残る作品です。

ひとつ明確にあるのは、「見た目」と「内面」、そして「アイデンティティ」の結びつきについて考えさせられる映画だということ。顔が変わったあとでも、エドワードは「元の顔こそが自分だった」という感覚を拭えない。社会からの視線を受けて苦労してきた過去の“自分”に、彼のアイデンティティの核があったんじゃないか、ということですね。

オズワルドの存在も非常に大きい。彼はエドワードと同じ顔の症状を抱えているにもかかわらず、それをまったく気にする様子もなく、周囲と明るく接している。それを見て、観客のこちらも「そんなに自信満々でいられるのか?」と戸惑ってしまう。でもそれって、ルッキズムに染まった自分の偏見だなって思い知らされるんです。

「こういう顔の人は、こう生きるはずだ」「周りからこういう風に見られているはずだ」という思い込み。それがどれだけ根深く、自分の中にあるのか。突きつけられるようで、見ていて少し怖くなる。

パンフレットを読んで知ったのですが、オズワルドを演じたアダム・ピアソンは、実際に神経線維腫症1型という病を抱えていて、特殊メイクではなくそのままの姿で出演している。しかも、彼自身が非常に社交的でカリスマ性のある人で、監督の前作にも出演していたそうです。

監督のアーロン・シンバーグ自身も口唇裂を持っていて、どちらかというとエドワードに近い性格だったという話を読んで、なるほどと腑に落ちました。だからこそ、全く異なるタイプのアダム・ピアソンに出会ったことが、映画の着想になったとパンフレットで語っています。

観ながら考えたのは、自分の行動や性格って、自分のような外見の人物は周りからこうみられるんじゃないかという外部の視点を自分にインストールすることによって形作られていくのではないか、ということ。本来はもっとアクティブで自由な性格だったのに、「こうであるべき」という外的な枠に自分を当てはめてしまっている。そういうことって、あるんじゃないかと。

自分はたぶん、どちらかというとエドワード側の人間です。たとえ外見が変わっても、「でも自分はこうだったから…」と過去に縛られるタイプ。オズワルドのように、軽やかに、堂々と立ち振る舞うことはできない気がする。でも、もしかしたらそうやって“自分の性格”まで、外からの視線で決めてしまっているんじゃないかと、ちょっと怖くなった。

好きだった場面は、顔が変わったエドワードが夜の街に繰り出して、サッカー帰りのファンたちとバーで盛り上がるシーン。ほとんど意味のない叫びを一緒に発して盛り上がる、その空っぽさと喜びが同居しているような絶妙な表情が描写が印象的でした。見た目が特別では無くなったことで、ああいう共感の空間に自然に入り込めるってことが、彼にとってどれだけうれしかったか。ただ、一方でその空虚さがその後の不穏な展開を暗示するようでもある、

オズワルドの登場シーンは、どれも強烈な印象を残しました。彼のキャラクターのユニークさ、そしてそれが“演技”ではなく、実際にそういう人であるという事実に触れると、ますます考えさせられる。こちらの価値観が、静かに、でも確実に試されているような気がしました。

ダークコメディとして笑える部分もあるけれど、観終わったあとにじわじわと自分を揺さぶってくる、不穏さをはらんだ映画です。とても面白かったです。まだ観ていない方は、ぜひ。

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