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映画『ミマン(Mimang)』を語る【書き起こし 2025.7.7 #176配信】

この記事は映画感想Podcast『ヤンパチーノのシネマビーツ』#176映画『ミマン』について語った音声の書き起こしに一部追加・修正を加えています。

今回は韓国映画『ミマン』(原題:Mimang)について語ってみようと思います。日本では今年4月に公開されたこの作品、公開規模は小さく、話題になっていたのも限られていた印象ですが、非常に印象深い一本でした。現在(2025年7月13日時点)、Amazaon PrimeやU-Nextでレンタルが可能になっているので是非、紹介したいと思います。

舞台になっているのはソウルの光化門(クァンファムン)広場周辺。歴史的建築と整備されたビジネス街、雑多な飲み屋街が混在する、日本で言えば大手町や日比谷、丸の内あたりの雰囲気に近い。このエリアの空気感がリアルに描かれていて、それがまず見どころですね。映画の中で映る町並みに、工事中の場所とか、仮囲いみたいなのがちょっと映ってたりするんですよね。ああいうのって、ほんとに「その瞬間」にしか撮れない風景だと思っていて。

例えば泉⼒哉監督の『街の上で』なんかも、再開発中の下北沢の風景が記録として残っていて、あれはすごく貴重だなと感じたんですけど、『ミマン』も同じような“その瞬間の記録”という意味合いがあるんじゃないかなって。渋谷とかもそうですけど、映画って、いつの間にか「町のドキュメント」になってることがありますよね。

そして、映画の中では「同じ場所が違って見える」感覚を何度も味わうことができます。全話通じて同じカフェや路地が何度も登場するのに、雰囲気が何だか違って見える。一緒にいる相手が違う、時間帯が違う、天候が違う、それだけで街が変わって見える。とても不思議な感覚に襲われました。

この映画、何が好きかって、自分の“好きなポイント”を刺激する要素が非常に多くて。まずひとつは「街歩き映画」であるということ。好きな人も多いと思いますけど、『ビフォア・サンライズ』『ビフォア・サンセット』『ビフォア・ミッドナイト』の三部作、あれはまさに街歩きの男女映画ですよね。

あのシリーズは、わりと哲学的な話や本人たちとは直接関係ない話も多いけれど、そういう会話の中から人柄や関係性が浮かび上がってくる。共通点や違いも見えてきて、すごく面白い構造になってるんですが、『ミマン』にも、そうした雑談のような会話の中に関係の機微がにじむ部分があって、すごく良かった。

たとえば、男性が絵を習っているという設定で、「どうやったらうまく描けるか」みたいな会話がある。これは直接的には2人の関係に関係ないんだけど、でもなんとなく大事なことを話しているようにも聞こえる。その“どうでもいいけど気になる話”のバランスが良いんですよね。

あとはやっぱり、歩きながらということもあって、登場人物たちの“位置”がフィジカルに変わっていく。それと同時に、会話を通じて2人の関係性や内面も少しずつ変わっていく——そのシンクロ感がとても良い。これはビフォアシリーズにも通じるところで、『ミマン』を観ていても強く感じました。

特に第2話は、話し始めたときの2人の距離と、別れ際の距離感が全然違っていて。たった数十分、映像として描かれている時間だけでも、関係性の変化がくっきりとわかる。そこがすごく面白かったです。

それと、時間経過というテーマも大きいですね。最近の映画だと『パスト・ライブス』がそうだったけど、『ビフォア』三部作が3本通して時間の経過を描いているのに対し、『パスト・ライブス』は1作の中で関係性の変化が描かれていて、『ミマン』はどちらにも近いニュアンスがある。

物語の“外側”にある過去を想像させる余白があるし、時間の流れによって変わっていく気持ちの矢印、そのバランスが入れ替わっていくような描写がすごく良かったです。

で、もうひとつ面白いのが、登場人物たちの「言ってること」と「気持ち」のズレ。喋ってる内容だけだと、未練の気持ちがあるように見えないんだけど、行動を見てると「あれ? ちょっと未練あるのかな?」って思える瞬間がある。

たとえば、1話の主人公の男性。すごくそっけない感じなんですよね。特に女性視点で見ると、彼はもう何も思ってないように見える。でも実際には、彼女と話すために目的地から遠回りしたり、タバコを「今はもうやめてる」って言いつつ、1人になると吸ってたりとか。そういう細かい行動から、揺れる気持ちが伝わってくる。

この『ミマン』ってタイトルにも、「同じ場所をぐるぐる回っている」とか「まだ気持ちが定まっていない」みたいなニュアンスが含まれてるらしくて。まさにそんな感じなんですよね。

あと、気持ちがぐらぐらしてるけど、風景とか時間だけがどんどん変わっていく。その「気持ちだけが置いてけぼり」みたいな感覚も、この作品の魅力かなと思いました。

ここからは少しネタバレ込みで話していきます。とはいえ、この映画は「ネタバレされたから観たくなくなる」タイプではないので、むしろ「そんな感じなんだ、観てみようかな」と思ってもらえたらうれしいです。


【以降、ネタバレを含みます】
第1話は、まずその“偶然の再会”のシーンから始まるんですよね。主人公の男性がAirPods的なイヤホンで電話してるところに、かつての恋人(だったと思われる女性)が声をかけてくる。「あ、ちょっと電話かけ直すわ」って言って、2人で歩き出す。

この時点で、女性の方は相手が気になっている雰囲気があって、男性はどこかそっけない。その温度差がすごく絶妙。あとでわかるけど、冒頭で電話してた相手(現パートナー)も実は関係していて、それがわかるとまた見え方が変わってくる。

女性は映画イベントのMCで来てるって設定で、打ち上げにも誘われてるんだけど、その電話の受け答えがちょっと曖昧というか、「行くかも」「行かないかも」みたいな感じで、それがちょっと男性へのアピールっぽくも感じられて……そういうやり取りもいいんですよね。

そして極めつけは、信号で別れるラストシーン。別れを告げた後、信号が変わるまで10秒以上沈黙が続くんですよ。これがめちゃくちゃ長く感じる。そして何も言わない。何も起きないんだけど、濃密な時間が流れてる。ちょっと『パスト・ライブス』の最後のシーンを思い出させるような、すごく余韻のある場面でした。

第2話は、自分がいちばん好きなエピソードかもしれません。
1話に登場した女性が再登場するんですが、髪型も変わっていて、最初は一瞬「同じ人?」と迷うくらい。でも、彼女はイベントのMCという立場から、今度は映画解説員のような役割で登場していて、キャリアが進んだことを示してるんですよね。そこでも時間経過を感じさせる。

で、上映後の軽い打ち上げに顔を出すんですが、早々に帰る彼女を、運営スタッフの男性が後から追いかけて話しかける。雨が降っていて、傘をさした状態で彼女は電話中。話しかけた彼は、彼女が電話していたことに気づかず「あ、ごめん、電話中だったんだ」みたいになるんですけど、これがまさに第1話の対になるシーンになっている。第1話では、彼女が男性に声をかけていた構図だったのが、今回は逆。女性が話しかける側と話しかけられる側の立場が入れ替わっていて、その繋がり方がすごく良い。

最初は女性は「じゃ、私はあっちなんで」みたいな感じであっさり別れる流れになりそうなんだけど、男性が絶妙に粘る空気があってこっちがいたたまれない気持ちになる。でも、思いがけず彼女が話に乗ってくれて、少しずつ会話が続いていく。しかも気づいたら、目的地のバス停を過ぎてしまっていた——これ、お互い気づいてたんですよね。

その“共犯関係”的な空気がたまらなく良かった。
最初は「バス停まで一緒に歩く」だけだったはずが、会話を優先してそのまま歩き続けていたという、その暗黙の了解みたいなもの。すごく嬉しくなる展開でした。

途中、またタバコのシーンがあって、今度は二人で1本をシェアするような形で。第1話では、女性だけがタバコを吸っていて、男性は見ているだけだった。だから、この変化にも2人の距離の変化が表れていてすごくいい。

それと、パートナーはいないけど、子どもがいるみたいな話が途中で出てきて、これは結構スリリングというか、リアルな話題ですよね。軽く交わされているようで、出方によっては関係が終わってしまいそうな緊張感のあるやり取り。

ラストは、彼と別れたあと、彼女が妹と姪とテレビ電話する場面。
その中で彼のことが話題に出るんだけど、軽口を叩きつつ、電話を切った後にちょっと笑ってしまうような、なんだか嬉しそうな顔をする。
あれがすごく良かったですね。バスに1人で乗り込むシーンの余韻も含めて、静かだけど余韻が心に残る終わり方でした。

第3話は、舞台が少し変わって、街歩きではなく「車での移動」中心になります。
友人の葬儀に参加するという流れで、韓国の独特な儀式——たとえばみんなで鐘を鳴らす場面とか、迷路のように入り組んだ墓地の風景など——見慣れない文化的な描写があって、そこがまず興味深い。

それまでの2話とは違って、物語の視点も少し開けるというか、関係性の変化がより外側から描かれていく印象があります。

1話・2話で中心にいた男女の関係も、ここでは大きく変化していて。
女性側にももう未練はなさそうで、むしろお互いに気まずい空気が流れている。
でも、そこに共通の知人である若い運転手の男性(彼女の弟でもあり、彼の後輩でもある)が登場することで、2人の関係がふたたび少しだけ接続される。そこがなんとも言えず切なくて、でも少し希望も感じられる展開でした。

後半、バーで男性が歌うシーンがあって、その歌を通じて、互いに言葉ではなく気持ちをやりとりしているような描写がありました。
この“直接的ではないけど伝わる感じ”がとても丁寧で、胸を打ちました。

そして最後。彼が乗っていたバスを降りるとカメラは残された無人のバスをそのまま映し続ける。その車窓から、ソウルの町並みが流れていく。
——ああ、やっぱりこの映画の主人公は「町」なんだな、と感じさせるラストでした。

そんなわけで、映画『ミマン』、ぜひ多くの人に観てほしいなと。言及した『ビフォア』シリーズや『パスト・ライブス』が好きな人には、きっと刺さると思います。


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