葛城氏古社と高野山の秘仏を巡る|神と仏が交差する聖地の旅◆和歌山高野山③奈良御所③葛城②◆
高野山から五條市を巡る旅は、歴史と自然が織りなす魅力的なルートです。この記事では、道の駅くしがきの里から宝来山神社、神願寺といった名所、さらには高野山の奥深くに位置する金剛三昧院まで、見どころ満載の旅程を詳細に紹介します。また、中本名玉堂での買い物や、鎌八幡宮、丹生酒殿神社といった神社巡りも楽しめます。隅田八幡神社や転法輪寺、生蓮寺などの寺院も訪れ、リバーサイドホテルで温泉を満喫するプランも提案。高鴨神社や葛木御歳神社、葛城一言主神社など、古代からの信仰が息づく神社も巡ります。
この旅行記の神社仏閣は写真中心です。神社仏閣の詳細はもうひとつのNOTEを参照ください。
やんまあ|note
▼ルート&見どころ
▽2025年09月05日(金):高野山から五條市
#道の駅 #くしがきの里 :和歌山県伊都郡かつらぎ町滝53−1
#宝来山神社 :〒649-7163 和歌山県伊都郡かつらぎ町萩原56
宝来山神社(ほうらいさんじんじゃ)は、和歌山県伊都郡かつらぎ町にある歴史ある神社です。創建は古く、平安時代以前ともされ、弘法大師・空海ゆかりの地としても知られています。主祭神は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)で、五穀豊穣や家内安全、厄除けのご利益があります。春には美しい桜が咲き誇り、地元の人々に親しまれる場所です。境内には古木が立ち並び、静寂で神秘的な雰囲気が漂っています。






詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
773年:和気清麻呂が当地に八幡宮を勧請し、八幡山と呼ばれたのが始まり
1183–1184年頃:京都・神護寺(私のNOTE)の荘園「桛田荘」に属し、神護寺の僧・文覚が社殿を再建したとされる
桛田荘絵図には神宮寺(後の神願寺)が描かれている
1525年:「是吉大明神」とともに「宝来山大明神」と記されており、桛田荘が高野山との関わりをもつなかで、「宝来山大明神社(宝来山大明神)」と呼ばれるようになった(社所蔵の古文書(福蔵院旧蔵)より)
1582年:織田信長の高野攻めに伴う兵火で社殿が焼失
1614年:地元の加勢田是吉らの尽力により、本殿四棟および末社二棟が再建される
2016年:正遷宮が執り行われ、本殿・末社の屋根替えや塗装修復が実施される
#神願寺 :宝来山神社横
神願寺(しんがんじ)は、和歌山県かつらぎ町にある真言宗御室派の古刹で、宝来山神社の神宮寺として知られています。創建は平安時代中期、源満仲によると伝えられ、その後、文覚上人により再興されました。本堂は和歌山県指定有形文化財に指定されており、境内には文覚上人碑や子育地蔵尊なども祀られています。神社と寺が一体となった歴史的風景が今も残り、静かで趣ある雰囲気が漂っています。


詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#高野山
台風が来ている。いや上陸していたので雨は強くなったり弱くなったり。数回、高野山に来たが人が少なくて良かったかも。





#金剛三昧院 :〒648-0211 和歌山県伊都郡高野町高野山425
金剛三昧院(こんごうさんまいいん)は、和歌山県高野山にある高野山真言宗の寺院で、真言密教の聖地・高野山の中でも重要な歴史を持つ塔頭の一つです。1223年、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝の菩提を弔うため、二代将軍・源頼家の母・政子によって創建されました。本堂(大師堂)は国宝に指定されており、鎌倉時代の建築様式を今に伝えています。境内には美しい庭園や多くの文化財があり、宿坊としての利用も可能で、訪れる人々に静寂と精神的な癒しを与える場所です。
9月5日に高野山へ!
— 京都やんまあ (@KyotoTrip_yanma) September 7, 2025
世界遺産「金剛三昧院」は北条政子が夫・源頼朝と息子・実朝の菩提を弔うために建立!伝運慶作と伝快慶作など仏像好きもオススメ。この大きさの愛染明王は良かった。頭の獅子も玉眼ですよね。#金剛三昧院 #和歌山 #高野山 #愛染明王 #重要文化財 #一般公開 #高野山 #運慶 #快慶 https://t.co/WMNYvHxnKH pic.twitter.com/v29Dcl5hMi








詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#角濱ごまとうふ総本舗 小田原店



#中本名玉堂 : #みろく石本舗 かさ國
中本名玉堂(なかもとめいぎょくどう)は、和歌山県高野山にある創業百年以上の老舗で、仏具や数珠、線香など高品質な仏教用品を扱う専門店です。併設の食堂では、精進料理や高野豆腐、ごま豆腐など、高野山の伝統食を味わうことができ、観光客や参拝者に人気です。最大150席の広間もあり、団体利用にも対応しています。


お土産を買う。


#鎌八幡宮 :〒649-7137 和歌山県伊都郡かつらぎ町兄井
願掛けの風習が特徴で、参拝者は願いを込めて鎌を木に打ち込みます。願いが叶うと鎌が深く刺さり、叶わぬ場合は抜け落ちると伝えられています。
2社あるんですよね。






丹生酒殿神社に遷ったようで、こちらには鎌はあまり刺さっていない。
詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#丹生酒殿神社 :〒649-7133 和歌山県伊都郡かつらぎ町三谷631
丹生酒殿神社(にうさかどのじんじゃ)は、和歌山県かつらぎ町にある古社で、丹生都比売命(にうつひめのみこと)を主祭神として祀っています。古くから水や酒の神として信仰され、五穀豊穣や産業繁栄、家内安全のご利益があるとされます。境内には美しい自然が広がり、歴史ある社殿や石段が訪れる人々を迎えます。地域の祭りや伝統行事も盛んで、地元の人々に親しまれている神社です。また、近隣の鎌八幡宮とともに歴史的な神域を形成し、静謐な雰囲気が漂う場所となっています。










詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#隅田八幡神社 :〒648-0018 和歌山県橋本市隅田町垂井622
隅田八幡神社(すみだはちまんじんじゃ)は、和歌山県伊都郡かつらぎ町隅田にある歴史ある神社です。主祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと)、通称応神天皇で、武運長久や安産、家内安全の守護神として信仰されています。古くから地域の守り神として崇敬され、毎年行われる例大祭では多くの参拝者で賑わいます。境内には伝統的な社殿や石灯籠が並び、四季折々の自然美と調和した落ち着いた雰囲気が特徴です。地域の歴史や文化を感じられる重要な社として、地元の人々に親しまれています。







詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
443年 または 503年
「人物画像鏡@国宝」の銘文にある「癸未年」がこのいずれかの年と解釈され、日本最古級の金石文として知られている
この鏡は江戸時代後期に発見され、それ以前から当社の神宝として伝えられていたとされている
859年
神功皇后が三韓からの帰途、紀伊の衣奈浦を経て当地に滞留した旧跡
欽明天皇の詔により石清水八幡宮の分霊が勧請されることで創祀
986年〜1028年頃
摂政藤原兼家が隅田荘を石清水八幡宮の社領とし荘園として整備
1105年
隅田荘の豪族・長忠延が俗別当および荘官に任命され、その後も隅田一族が祭祀と荘内支配を世襲する体制が整う
1560年
松永弾正久秀により社殿が焼失
1581年
織田信長の高野山攻めの後、高野山衆徒の反撃により焼失
1586年
在地武士によって再興造営された
1600–1615年頃(慶長年間)
再建
江戸期には隅田荘十六ヶ村の産土神として祭祀が隆盛し、紀州徳川藩主からも崇敬を受ける
1819年:社殿が焼失
1822年:再建
1951年: 「隅田八幡神社」に改称
#犬飼山 #転法輪寺 :〒637-0072 奈良県五條市犬飼町124
転法輪寺(てんぽうりんじ)は、和歌山県伊都郡かつらぎ町にある真言宗の古刹で、弘法大師・空海ゆかりの寺院と伝えられています。寺名は「仏法を転じ広める」という意味を持ち、地域の信仰の中心として親しまれてきました。本堂や多くの文化財が残り、四季折々の自然と調和した静かな境内が特徴です。特に秋の紅葉は美しく、多くの参拝者や観光客が訪れます。歴史的価値と spiritual な魅力を併せ持つ寺院として、地元の人々だけでなく広く知られています。











詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#リバーサイドホテル :〒637-0043 奈良県五條市新町2丁目1−3
トロ湯でしたね。台風効果と平日だったためか温泉「金剛乃湯」も人が少なかったと思う。露天は100%源泉で温めなので永久に入れます。
部屋タイプ:ツイン【禁煙】☆室数限定☆
プラン名:【雪会席】ワンランク上の満足度★記念日や自分へのご褒美に贅沢を♪グレードアップ
プラン内容:雪会席
【朝食】朝は出来たてのほっこり和朝食をご用意します。お食事はゆったりとお楽しみいただけるレストラン「花ふぶき」でどうぞ。※ご朝食は、7時~10時までとなります。
温泉「金剛乃湯」

















▽2025年09月06日(土):

寄足山 #生蓮寺 :〒637-0071 奈良県五條市二見7丁目4−7
生蓮寺(しょうれんじ)は奈良県五條市二見にある高野山真言宗の寺院で、山号は寄足山です。嵯峨天皇の皇后の安産祈願に始まり、弘法大師・空海が地蔵菩薩を彫って祀った伝説があります。本尊は高さ約3.3メートルの地蔵菩薩坐像で、毎年1月24日に初地蔵法会、8月24日に地蔵盆ローソク祭りが行われます。境内には約120種300鉢の蓮が咲き、「生蓮寺白彼岸蓮」という珍しい遅咲きの品種もあります。JR大和二見駅から徒歩約7分のアクセスで、多くの参拝者が訪れる歴史と自然が調和した寺院です。










詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#金剛寺 :〒637-0036 奈良県五條市野原西3丁目2−14
平安時代末期の1173年(承安3年)、平重盛によって創建されたと伝えられています。本尊は藤原時代作とされる薬師三尊像で、薬師如来を中心に日光・月光菩薩が脇侍として祀られています。
「牡丹寺」「菊薬師」として知られ、春には約100種・1,000株の牡丹が咲き誇り、秋には小菊が境内を彩ります。また、ツツジや大山レンゲ、シャクナゲなども見られ、四季折々の花々が楽しめます。牡丹園の開園期間は4月中旬から5月下旬、菊薬師は10月下旬から11月上旬です。




詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#高鴨神社 :〒639-2343 奈良県御所市鴨神1110
15年ぶりかな?






私のNOTEは次の通りですが、そのうちに詳細版を出します。
賀茂の総本宮は出雲から奈良「高鴨神社(上鴨社)」奈良から京都へ【奈良シリーズ/葛城古道シリーズ/奈良五條シリーズ】
#葛木御歳神社 (中鴨社):〒639-2262 奈良県御所市東持田269
葛木御歳神社(中鴨社・かつらぎみとしじんじゃ)は、奈良県御所市にある古社で、葛城山の東麓に鎮座しています。御歳神(みとしのかみ)を主祭神とし、五穀豊穣や農業の神として古代から信仰されています。中鴨社の名は、この地が「中つ国」すなわち天と地の間に位置する聖地とされたことに由来します。『延喜式神名帳』にも記載される式内社で、由緒正しい神社です。静寂な自然に包まれた境内は、歴史と霊気を感じる場所として、多くの参拝者を魅了しています。






詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
神代(紀元前〜弥生期)
御歳山(神体山)を中心とした磐座信仰により、自然神として御歳神を祀る古社
創建は1600年前とも2000年前とも言われている
852年:朝廷の祈年祭で御歳神の名が最初に読み上げられるほど篤く崇敬された
927年:延喜式神名帳に「葛木御歳神社」と記載ている
平安時代以前
御歳神は穀物を司る年神として崇敬を受けた
朝廷により白馬・白猪・白鶏が献上される祭祀が行われた
農耕・風雨祈願の中心神としての役割が確立
江戸時代:現在の本殿は、春日大社本殿第一殿を移築したもの
近代〜明治末期:氏子は3万5千戸にも及んだが、時代と共に衰退
#葛城一言主神社 :〒639-2318 奈良県御所市森脇432
葛城一言主神社(かつらぎひとことぬしじんじゃ)は、奈良県御所市にある古社で、「一言(ひとこと)の願いを聞き届けてくれる神様」として広く信仰されています。祭神は一言主大神(ひとことぬしのおおかみ)で、日本神話に登場し、雄略天皇との逸話でも知られます。神威の強さと共に、たった一言の願いでも真心を込めれば叶えてくれるとされ、全国から多くの参拝者が訪れます。葛城山の麓に位置し、自然豊かで神聖な雰囲気が漂う神社です。







詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
通称「いちごんさん」
460年
第21代雄略天皇が葛城山で狩猟中、天皇とまったく同じ姿の神霊に出会う。神は「吾は悪事も一言、善事も一言、言離の神、葛城一言主の大神なり」と名乗り、天皇と百官一同が弓矢や衣服を奉献した(『古事記』より)
804年:最澄は入唐する際には、当社に祈願したと伝えられている
延喜式施行期(10世紀初頭):式内名神大社として「葛木坐一言主神社」の名が『延喜式神名帳』に記されている
平安時代:伝教大師・最澄が唐渡航前に当社で祈願したとする伝承がある
1482年:藤原遠厚が修験者や神主を集めて火焚祈祷祭(御神火祭)を始め、今でも続いている
明治時代:廃仏毀釈で神宮寺・百寺が廃寺
古代から現代に至る長い歴史を持ち、『古事記』『日本書紀』にその由緒が記される古社であり、式内名神大社として朝廷からの崇敬も厚く、御神火祭など中世以降の祭礼も継承されている。
現在も続く風習では、願いが強い人は朝から一言もしゃべらないという「無言参り」がおすすめ。同社でお参りを終えるまでは、願いが強い人ほど無言参りを実践されるそうです。
戒那山 #九品寺 :〒639-2313 奈良県御所市楢原1188
九品寺(くほんじ)は、奈良県御所市にある高野山真言宗の古刹で、役行者(えんのぎょうじゃ)ゆかりの寺院として知られます。飛鳥時代に創建されたと伝わり、九品仏(阿弥陀如来の九つの世界)にちなんで名付けられました。特に春の桜と秋の彼岸花が美しく、「花の寺」としても人気です。本堂には阿弥陀如来像が安置され、静かで落ち着いた雰囲気の中、多くの参拝者が訪れます。修験道や古代信仰の面影を今に伝える霊地です。





詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
九品寺から駒形大重神社





#駒形大重神社 :〒639-2313 奈良県御所市楢原1662
そして宮司は銀座のママ (ノ・ω・)ノオオオォォォ-
銀座のクラブママから奈良の神社の女性宮司に...“異色のキャリアチェンジ”を果たした女性が明かす、水商売と神職の「意外な共通点」とは | 文春オンライン








詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
駒形神社と大重神社だった
駒形神社:
祭神は不詳だが「駒形神(木股の神)」とする
古来よりこの山林を駒形山と呼び、木股の神(コノマタノカミ)を祀っていた説と農耕に使役された馬を祀ったという説がある
コノマタノカミが「こまがた」に転化したと考えられている
大重神社
この地に居住していた楢原氏が、祖神・滋野朝臣を祀ったものとも考えられている
『延喜式神名帳』に記載される「葛木大重神社」に比定される古社
東方の田口と呼ばれる地に鎮座していたとされ、近世以前は「茂野社」「滋野大明神」と称していた
祭神は滋野貞主命・大倉下照姫命とされているが、葛城稚犬養連網田(カツラギノワカイヌカイノムラジノアミタ)を祀っているという説がある。
滋野貞主命
平安初期の官僚で学者、葛城稚犬養連網田は大化の改新で蘇我入鹿暗殺に関わった人物大倉下照姫命
神社名の「大重」は祭神にある「大倉」の誤りであるという説がある
それぞれの創建年は不明
965年頃:大重神社は『延喜式神名帳』の「葛木大重神社」に比定される
平安時代以前:
大重神社は平安時代の『延喜式』に記載されている
1523年or1532年
紀伊国造と同系の楢原氏の祖である滋野貞主を祀る滋野社が建立された
これが式内社の大重神社に比定される見方もある
1784年:「楢原村村鏡写」に大重神社に関する文書あり
1791年:「大和名所図絵」に「葛木大重神社」が描かれている
1907年:駒形神社と大重神社が合祀され、「駒形大重神社」に改称
#鴨山口神社 :〒639-2312 奈良県御所市櫛羅2428
名のとおり、古代豪族・鴨氏との関係が深いといわれ、鴨都波神社=下鴨社に対して、上津賀茂(かみつかも)とも呼ばれる。同神社に限らず、各地の「山口社」は山を守り降雨を司り、平地部の繁栄や安泰を保つ土地の守り神として古くから祀られてきた。なかでも同神社は、延喜式内社として名を連ねる山口社の本社とされ、古くは朝廷に皇居の用材を献上する山口祭を司った。安置される大霎貴命座像(おおひるめむちのみことざぞう)と御霊大神座像(ごりょうおおがみざぞう)の2体はともに一木造り・彩色の神像で、重文に指定(非公開)。




私のNOTEは次の通りですが詳細化します。
#鴨都波神社 (下鴨社):〒639-2271 奈良県御所市宮前町514番地
全国に分布する鴨(賀茂)神社のうち、「下の鴨」と称される下鴨神社のルーツとされ、上賀茂神社(上鴨)とともに京都の賀茂社の源流をなす重要な神社。古くは「下鴨社/下津加茂社/葛城加茂社」と呼ばれ、この地域の「下鴨」に相当するので「下鴨社」とする。大神神社の祭神はオオモノヌシ(オオクニヌシ)で、親子関係だから「大神神社(私のNOTE)の別宮」とも言われたらしい。関係しているのは大田田根子のようだ。








私のNOTEは次の通りですが詳細化します。
#葛木坐火雷神社 ( #笛吹神社 ):〒639-2132 奈良県葛城市笛吹448
葛木坐火雷神社(かつらきにいますほのいかづちじんじゃ)は、奈良県葛城市にある式内社で、「笛吹神社」とも呼ばれます。創建は古く、火と雷を司る神を祀ることから、火難除けや雷除けの信仰を集めてきました。社名の「葛木坐」は、葛城の地に鎮まる神を意味し、古代葛城氏との関わりも深いとされています。現在も地域の守り神として崇敬され、静かな山あいに位置する境内は、歴史と自然の調和に満ちた神聖な空間です。














詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開なので箇条書きで簡単に説明しておきます。
神代~神武天皇時代とも伝承
公式旧記や社伝によれば、神代または崇神天皇期(紀元前数世紀〜)の創建
祖・櫂子(かじし)が建埴安彦討伐の功により「笛吹連」の姓を下賜された頃には神社が既に鎮座していたとされる
927年
平安時代の『延喜式神名帳』に「葛木坐火雷神社二座並名神大月次相嘗新嘗」と記載されている
平安時代頃
火雷神社と笛吹神社が合祀
火雷神社:火雷大神(火の神)
笛吹神社:笛吹連の祖神・天香山命
江戸時代以降
境内のイチイガシは、平安時代から宮中に「波々迦木(ハハカノキ)」を献上する慣習が続いていることが文献に記録されている1881年頃
明治期、火雷社を笛吹神社に合祀
式内社名である「葛木坐火雷神社」に改称
祭神名や鬼滅の刃の技「火雷神」との関連から、ファンや観光客が新たに訪れるようになったとか
#葛城市歴史博物館
さて葛城氏について学ぼうかと思い行くと駐車場は一杯だった。イベントでもあったのかなと。さて裏には神社があります。そちらがメインでここに来ました。













































































駐車場にいた交通誘導している方に神社に行きますと許可を得て次の神社へ!!
#角刺神社 :〒639-2123 奈良県葛城市忍海322
角刺神社(つのさしじんじゃ)は、奈良県葛城市に鎮座する式内社で、古代よりこの地に根づく由緒ある神社です。『延喜式神名帳』にも記載される格式高い神社で、葛城地方における信仰の中心の一つとされています。社名の「角刺」は神秘的な響きを持ち、古くから山や自然と深く関わる神域として崇敬されてきました。静かな山裾にある境内は落ち着いた雰囲気に包まれ、訪れる人々に古代の信仰の面影を感じさせてくれます。








詳細は次のNOTE参照ですが、まだ未公開です。1年以内に公開します。
#道の駅 かつらぎ:〒639-2153 奈良県葛城市太田1257
暑いので帰ります。葛城地方はまた来ます。遅めのランチですね。





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