若狭の隠れた名寺「萬徳寺」阿弥陀如来と名勝庭園が紡ぐ静寂の寺院【北陸シリーズ/石川シリーズ/福井シリーズ】
福井県小浜市にある萬徳寺は、美しい庭園と歴史的価値の高い文化財で知られる古刹です。創建は鎌倉時代に遡り、室町時代には真言宗の寺院として再興されました。江戸時代には小浜藩主の庇護を受け、現在に残る見事な枯山水庭園が作られました。この庭園は国指定名勝であり、白砂と石組、四季折々の植栽が織りなす風景は訪れる人々を魅了します。また、本堂に安置されている阿弥陀如来坐像は、平安時代の作とされる国の重要文化財です。駆け込み寺としての役割も担った歴史を持ち、信仰と文化が深く結びついた場所として、多くの人々が訪れます。
変更履歴
2026/06/02:初版
▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時
URL:
アクセス:福井県小浜市金屋74−23
本尊:阿弥陀如来坐像
▼見どころ
→由緒・歴史
1265年以前: 創建年代は明確でないが、鎌倉時代には当地に天台宗・極楽寺が存在した記録があり、萬徳寺の前身寺院とされる。この頃から若狭地方の浄土教信仰の拠点となっていた。
1368〜1374年: 覚応法印によって寺は再興され、宗派を真言宗に改める。同時に寺号を正照院とし、若狭地方の修験・加持祈祷の中心寺院として再整備された。
1544年: 朝廷の裁許により、若狭国で唯一の「駆け込み寺(縁切寺)」に任じられる。女性の離縁や保護を行う寺として公的に認められ、地域社会で重要な役割を果たすようになる。
1602年: 寺号を現在の「萬徳寺」へと改称。寺勢が整い、真言宗寺院としての体制が確立される。
1634年: 小浜藩主酒井忠勝(徳川家譜代筆頭)が寺を藩の祈願所に定め、寺領の寄進や建物の修造など厚い保護を与える。これにより寺格が飛躍的に向上した。
1677年: 酒井家の命により、境内に埋石式枯山水庭園が築造される。白砂と立石、苔地の対比が見事な庭で、後に国指定名勝となる。
平安時代後期(制作年代): 本尊である木造阿弥陀如来坐像が造立されたとされる。穏やかな表情と端正な構造を特徴とし、現在は国指定重要文化財となっている。萬徳寺の信仰の中心として代々祀られてきた。
→境内への参道
駐車場からの山門ですね。




受付で拝観料を払って有料地域に入ります。




→境内



→庫裏
庫裏(書院)と庭園は1677年に小浜藩主酒井家の命により造られたもので、庭園は境内の傾斜を利用した蓬莱式枯山水庭園、江戸時代初期の名園として指定名勝に指定されています。




庭園横の座敷には、酒井家のお殿様が休むための床の間のほか、酒井忠貴が描いたとされる欄間の水墨画などが残され、この場所に通われていた名残を感じることができます。また、重要文化財である不動明王三童子像、弥勒菩薩像の掛け軸なども貴重なものとしてよく保存されています。






国指定名勝の格式をもつ、江戸時代初期に整えられた枯山水庭園。
白砂を敷きつめた前庭と、背後の山の斜面を活かした築山が組み合わさり、奥行きのある景観をつくる構成。
庭の中心に据えられた大石(守護石・本尊石)が象徴的で、庭の焦点となっている。
石組・刈り込みのツツジ・松・槇などが調和し、季節の移ろいが庭全体の表情を変える。
春はツツジの花が白砂と石組に映え、柔らかな景色が広がる。
夏は新緑と苔が瑞々しく、深山の雰囲気が強まる。
秋には境内周辺のモミジが色づき、庭園全体が紅に包まれる名所として知られる。
冬は雪庭となり、白砂や石の配置が一層際立つ静寂の風景を見せる。
庭園は書院・本堂からの視線を計算して作庭され、建物と一体で鑑賞することで構成美がより明確になる。
山裾の自然地形と人工の石組が調和し、「浄土」「理想郷」を象徴する構造を持つとされる。



→庭園
萬徳寺の見所は、なんといっても庭園です。山門をくぐると正面すぐに広がる圧倒的な庭園は、山の斜面を利用した「埋石式山水庭園」で、その面積は約1,800㎡と言われています。手前に敷き詰められた白砂利、その向こうにはよく剪定された木々が植わり、中心部に高さ約2.2mの本尊石が見られます。
また、それを取り囲むように大小約200本のモミジの木が植わり、白・緑・赤・黄と色鮮やかに映える壮観な景色は「日本紅葉百選」にも選ばれています。他にも、5〜6月にはツツジも有名で、季節ごとに参拝者の目を楽しませてくれます。










→本堂









国指定重要文化財に登録されている萬徳寺を代表する本尊。
制作年代は平安初期とする見解がある一方、平安後期と紹介される場合もあり、伝来や様式解釈により説が分かれることがある。
材質はヒノキ材による寄木造で、平安彫刻特有の端正な木肌と穏やかな表現が特徴。
像高は約140cmで、等身大に近い堂々とした坐像。
姿勢・印相は、偏袒右肩の法衣をまとい、結跏趺坐し、上品下生来迎印を結ぶ典型的な阿弥陀如来像の形式。
来歴として、古くはこの地の極楽寺(後の正照寺)の本尊であったと伝わり、その信仰が萬徳寺へ受け継がれている。
本堂の中心像として安置され、地域の阿弥陀信仰の象徴となっている。
表現の特徴として、穏やかな面相・静かな気品を備え、平安仏らしい柔らかい衣文表現が見られる。
寺の名勝庭園との関係では、極楽浄土を象徴する庭園と合わせて、阿弥陀信仰の世界観を体感できる構成とされる。

おお~本尊は「阿弥陀如来坐像@重文」です。京仏師か?と思わせる穏やかで美しい佇まいでした。平安時代作の半丈六で桧の一木造りです。昔から写真を見て見仏したいと思っていましたが、生の方が良いですね。ここまで白毫が目立つのみ珍しい気がします。


本堂の中に入ると、比較的新しい須弥壇の上に本尊である阿弥陀如来坐像が安置されています。元々の極楽寺の本尊が、そのまま移築と一緒にこの地に運ばれました。
平安後期の作と言われる阿弥陀如来坐像はヒノキ材の寄木造で、「上品下生」の来迎印(らいごういん)を結んでいます。長方形の裳懸座(もかけざ)の上に座する阿弥陀如来の表情は、とても穏やかで心を落ち着かせる優しい雰囲気を持っています。
平安時代から江戸時代と移り来た阿弥陀如来に、まだ国の外では戦の面影の拭えない小浜藩の人々は、どのような気持ちでこの前に座ったのでしょうか。血生臭い戦からは比較的離れた小浜の土地で伝え聞く物事に、さまざまな思いで祈り続けていたのかもしれません。







→本堂周辺









栗と紅葉。

→オマケ:★纏め★若狭の古社・美仏の旅|やんまあ
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記
◆福井⑨◆10年ぶりの若狭小浜エリアの歴史と紅葉|やんまあ@旅行記
公開以降の旅行記は次にアップします。
▼セットで行くところ
▼仏像展
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