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聖徳太子作?千手ある観音×龍「瓦屋禅寺」50年ぶりの特別大開帳【滋賀湖東シリーズ/湖東シリーズ/竜王シリーズ/滋賀日野町シリーズ】

聖徳太子建立した四天王寺の瓦はここ!太子が斧で一刀した千手観音と四天王を安置する紅葉スポット!太郎坊よりさらに山頂に鎮座。ここから東近江を見下ろす。

 寺の人に腕は何本か聞いたが、不明とのこと。たぶん千本あったのではと思うのだが。千手観音は仏像では42本の腕にするのが標準だが、日本に3体のみ本当に千本の腕を持つ千手観音が存在する。横綱は唐招提寺(私のNOTE)で、大関は葛井寺(私のNOTE)、京都・寿宝寺(私のNOTE)であるのだが、福井・妙楽寺(私のNOTE)も実はそうである。そして、ここを5つ目と思っておこう。

変更履歴
2024/11/13:初版


▼HP

▼アクセス

滋賀県東近江市建部瓦屋寺町

※太郎坊駐車場をさらに上がると良い!!部分部分で道は狭く、急な坂なのでご注意を!!

▼祭神・本尊と脇時

※後述「▼見どころ」参照

▼見どころ

  • 厩戸皇子こと聖徳太子が大阪・四天王寺を建立する際に瓦を作製するのに、ここの土が粘土質だったので選択したよう

  • 聖徳太子曰く「四神相応の霊土なり」と言い、渡来人の力を借りて瓦を10万6000枚以上作らせた

  • 斧で一刀した「十一面千手観音像」を安置し、「瓦寺」を建立したのがこの寺の始まり

  • 891年、東大寺末寺として華厳宗となり、伽藍を再建し「瓦屋寺」として再興(『東大寺三綱記』)

  • 1568年、比叡山と同じく天台宗だったので、織田信長率いる豊臣秀吉が攻め入り、その戦の兵火により罹災し堂宇は焼失

  • 現在も本尊の千手観音、四天王像は焼失を免れたが、次第に荒廃していく

  • 1645年、香山禅師が嘆き、彦根藩主などの尽力もあり釣鐘堂を建立し、妙心寺派「瓦屋禅寺」として中興する


→本堂


→本堂右「賓頭盧堂」「鐘楼」

 本堂前、本堂入口左右に安置されることが多い賓頭盧さん。体を触って自分の体を摩るとよい。ここは大事に一軒家を与えられている!?

 この鐘楼も戦時中に鉄が足らないため、持っていかれそうになったようだが、中興の歴史が詰まっているため、人々が嘆願書を募り逃れたようだ。

→本堂「本尊・十一面観音立像@重文」、「四天王立像」、「聖徳太子像」

 本尊は厨子に入った「十一面観音立像@重文」で脇侍は不動明王立像と毘沙門天立像と天台宗様式になっている。2023年参拝時は御開帳だったので、通常時のあ前立は厨子背後に隠れていた。

 本尊・十一面観音立像@重文で、脇侍は不動明王立像、毘沙門天立像である。本尊は次の通り。

  • 聖徳太子作

  • 別名「疱瘡観音」で「芋観音」とも呼ばれ、天然痘にも御利益があったとか

  • 160.5cmの身長

  • 本当に1000本の手を持つ

  • 左脇(向かって右)の下に龍の顔がある

  • 千本の手で見えないのだが、たぶん龍が体に巻き付いていると想像です

聖徳太子御作 十一面千手千眼観世音菩薩(国重要文化財)
 秘仏として本堂正面厨子に安置される十一面千手千眼観世音菩薩(千手観音)は聖徳太子が斧で一刀され彫られたと寺伝では伝わります。令和3年度には本格修理がなされ材は「榧」とされ、真数(実際に1000本)の手があるのが確認されそのひとつひとつの掌には墨書にて眼が描かれている。
別名「疱瘡観音」(芋観音)とも呼ばれ流行り病に霊験あらたかなお力があり、お供えに土俗芋(サツマイモに糸を通したもの)をお供えしたことから芋観音とも呼ばれる。大正10年に国宝にも指定され、昭和25年の法改正により国重要文化財に指定される。
 令和5年10月1日(日)から12月3日(日)に50年ぶりの特別大開帳が実施されます。
※特別大開帳期間中はおひとりさま800円の入山拝観料が必要となります。
※法要時は内部拝観出来ないことも御座いますのでご留意下さい。
※秘仏に付き撮影はご遠慮下さい。

公式HP

 脇侍は脇侍は不動明王立像、毘沙門天立像なので、天台宗なのはわかった。小さいながらも鎌倉時代の天の特徴である腰くねり、玉眼である。この寺の歴史から本尊制作時代とは異なる時代であると予想する。

 真相はさておき、四天王立像も聖徳太子作なんだそうな。2022年に修復したとき、江戸時代の修復跡が見られたよう。

 御前立は秘仏開帳時だったので厨子の本堂奥に移動されていた。前のめりだ!たぶん近い位置から目が合うように本尊の厨子より前のところに安置されているのだろう。
 ではメディア情報をどうぞ!!!

 本堂前にはお洒落な傘があった。ちなみに寺の人は、常に落ち葉などを拾っているのが面白かった。残念だったのは厨子前は暗かったので本尊が見にくかったかな。

 秘仏公開時の記録は次の通り。

 本堂左から地蔵堂に繋がっている。

→本堂堂内から地蔵堂

 本堂から地蔵堂へ。あまりここに来ない人が多いのが面白い。この寺の最古の御堂なはずなんだが。

 この地蔵菩薩坐像も聖徳太子作と伝わっている。

→経堂&開山堂

 本堂を出たらまっすぐ進むと急な階段があり、そこを上ると経堂があり、右に開山堂がある。

 夜間ライトアップの機器があるな~。

 最近、ライトアップを寺でするところが多い。ある寺の人と雑談で話しているときに、ライトアップしたら行きたくなりますか?と聞かれたことがある。素晴らしい仏像があるのに来ないので、何か考えているようだった。そんなのいらない!!と即答したら笑っておられた。でも、水族館では人が集まるよな~。

経堂
開山堂

→境内「展望台」

▼メディア情報

 聖徳太子伝承が一番多いのは滋賀なんだって・・・。確かに、百済寺は聖徳太子が尊敬している僧の寺だが、ちょっと疑義ありだな。物的証拠が少ないんですよね。比叡山の影響下にあるため、織田信長に焼き討ちをされた神社仏閣は多いので、古書が燃えたのもあり、残っていないと言われればそれまでだが。。たぶん、聖徳太子没後に経営難に陥った法隆寺の太子信仰を流行らせようとしたならば、交通の要所でもあるので、ここに流行らせたなら納得いくのだが。。真相はいかに??

 これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

▼セットで行くところ

 湖東に抜けるコースと竜王に抜けるコース、湖南に抜けるコースと車ならばどこでも行けるな。

湖東のうち東近江市は次の通り。

▼仏像展


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