見出し画像

聖武天皇&源頼朝&徳川家康所縁「財賀寺」仏像の宝庫!見仏インフレ発生中【愛知シリーズ/三河シリーズ/名古屋シリーズ】

2024年は創建1300年を迎えたため60年に一度の秘仏・千手観音立像の御開帳!この千手観音像は、平安時代に行基によって刻まれたと伝えられている。

 こんにちは。財賀寺住職の西本です。寺は2024年に創設1300年を迎えるため、千手観音ご開帳を伴う盛大な記念法要などが予定されています。ご期待ください。そのご開帳を盛り上げる意味も込め、毎月25日の文殊様の縁日に合わせて、キッチンカーが集まるマルシェや、ダンスなどのパフォーマンス、各種講座などが開催されています。ぜひお出かけください。

https://www.toyokawa-map.net/spot/000101.html

 秘仏自体の詳細は次のNOTE参照。

変更履歴

2025/09/07:初版


▼HP▼アクセス

URL:https://www.ccnet-ai.ne.jp/zaikaji/
X:https://twitter.com/zaikaji_temple
愛知県豊川市財賀町観音山3

▼祭神・本尊と脇時

※後述「▼見どころ」参照

▼見どころ

→由緒・歴史

  • 読みは「ざいかじ」でも「ざいがじ」でも「さいがじ」でもOKとのこと

  • 724年、聖武天皇の詔で、僧・行基によって開山

  • 最盛期には七堂伽藍を有し、山内外に数百の院坊を備えた

  • 聖武天皇即位で、天変地異、疫病、凶作、貴族の反乱などの災いが起こり、「災いの責任は自分にある」と悩み、その救いを仏教に求め行基が津々浦々に創建した寺の1つ

  • 813年、衰退しかけたが弘法大師・空海が復興させる

  • 源頼朝が平家討伐を祈願

  • 1192年、 源頼朝が、本堂ならびに仁王門を再建して、三河七御堂 の一つに数えられるようになる

  • この時に、寺領千三百石余を寄進

  • 応仁年間の兵火により、二十余坊を残すのみとなる

  • 牧野古白が再建、以降、今川・徳川などの諸将の庇護を受けた

  • 徳川家康は、十万石の大名と同じ格式を認めた

  • 境内の入り口にある仁王門@重文や豪壮な木造金剛力士立像@重文など、文化財も多い

→仁王門@重文

 仁王門に立つ金剛力士像は、平安時代後期の作品で、国の重要文化財に指定されている。この像は高さ約3.5メートルで、東大寺の仁王像に匹敵する大きさで、力強い表情と迫力ある姿が特徴である。

公式HP:https://www.ccnet-ai.ne.jp/zaikaji/page024.html#%E4%BB%81%E7%8E%8B%E9%96%80
文化遺産オンライン:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/193890
豊川市:https://www.city.toyokawa.lg.jp/saijibunka/rekishi/rekishikaido/bukkaku/zaigaji.html
愛知新聞:https://www.higashiaichi.co.jp/news/detail/474

さて、2024年の御開帳時は100円入れるとライトアップされました。
感想は(* ̄- ̄)ふ~ん・・・

 福井・若狭には名刹が多い!そう、この仁王門は若狭を思い出し、金剛力士像@重文が安置されている。金剛力士像は東大寺(私のNOTE)南大門の金剛力士立像に次いで、日本で2番目に大きいという。
 仁王門の前には、横綱・貴乃花の土俵入り跡が残っている。

仁王門は、最初、楼門として計画されたが、二階を造らず、柱上にのる三手先の縁腰組の上に寄棟造の屋根をかけ、一重の門として現在にいたっている。
 本堂内厨子は、桁行一間、梁間一間で宝形造のやや規模の大きな厨子で、禅宗様によっている。
 仁王門は柱、斗組、梁など当初部材の残存状況がよく、中世らしい堂々とした造りである。厨子は端正な禅宗様になる優品であって、ともにこの地方の中世建築の技法を知るうえで貴重である。

文化遺産オンライン:https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/193890

金剛力士は、阿形の像高381センチ、吽形の像高375センチの巨像です。天衣は腕に巻きつけ、腰に太い縄状の帯を締めています。腰をひねらず、上体を内側に開き「く」の字形を示しています。筋肉質の穏やかなひきしまった上体に対して、腰から下は幅広く安定感があります。鼻を中心に、まゆ・目・鼻・口が集まったユーモラスな明るい顔立ちと、太くて短い首は古い様式です。材はヒノキが用いられ、像は前後左右の四つの材を継ぎ合わせ、これに別材を継ぎ足す手法が用いられています。
また、夜になるとライトアップをすることが出来ます。

豊川信用金庫:https://toyokawa-map.itigo.jp/kanko/zaigaji.php

→文殊堂

 車でこの手前まで来ることができます。仁王門の駐車場から歩くのも良いですが、時間かかると思います。私たちは仁王門横当たりの駐車場にとめようと思いましたが、いっぱいでした。一人の方が上にもあるよ!と教えてくれたので、上の方まで車で行きました。

 文殊堂横ではマルシェが行われていた。事前調査ではマルシェの日は昼から入堂となっていたので、見仏は諦めていたが普通に入れた。本尊以外は写真OKです。

 文殊堂には、大江定基(寂照)にゆかりのある文殊菩薩像や五大明王・地蔵菩薩像が安置されている。文殊菩薩:は、平安時代の三河国司・大江定基の念持仏と伝わっているようだ。

本尊左
本尊右に五大明王
本尊の御前立

 御前立は本尊と激似系です。寺によっては本尊と御前立のギャップに驚くときがある。

→文殊堂から本堂へ

 文殊堂から本堂に向かっていますが、仁王門から歩くと下の写真の右側から来ることになるようです。息切れしている人がいるのがわかった。

→文殊堂から本堂へ:慈晃堂 本坊

→文殊堂から本堂へ

 結構、長いな・・文殊堂から本堂は徒歩7分から10分です。

 登った階段を見下ろす。

→本堂

 本尊・千手観音は、厨子@重文内に安置されている。本尊は秘仏だが、2024年開帳されたので見仏した(詳細は後述)。厨子の両脇に千手観音の眷属である二十八部衆像がならび、宝冠阿弥陀如来坐像も安置する。

 二十八部衆は修理されていたようで、2024年の記念行事に合わせて公開された。厨子に向って左側に宝冠阿弥陀如来像が安置されている。平安時代末期から鎌倉時代初期のもので、財賀寺の末寺の舌根寺(廃絶)の本尊と伝えられている。

 お厨子の中の本尊で秘仏の千手観音像は、本来は60年に1度の甲子の年に御開帳。前回は昭和59年だった。平成10年に仁王門の修理が終わって、奈良博から仁王像が帰ってきた時にも、中開帳ということで御開帳された。それ以降はご開帳されていない。
 来年2024年10/12〜11/4には、開創1300年記念で秘仏ご本尊「千手観音像」と、秘仏で平安時代の三河の国司・大江定基公の念持仏と伝わる文殊菩薩像も御開帳されるそうだ!とっても楽しみだ。

田中ひろみ氏:https://plus.chunichi.co.jp/blog/tanaka/article/288/10946/

 秘仏公開(2024年10月12日(土)〜11月4日(月・祝))

公式HP:https://www.ccnet-ai.ne.jp/zaikaji/page109.html
X宣伝:https://twitter.com/zaikaji_temple/status/1778561684719943724

 勧募規定に則り、開創千三百年記念事業に3,000円以上ご寄付を頂いた方には内拝券を進呈致します。当日その場でも購入頂けます。
 御開帳期間中は本堂と文殊堂に受付を設けますので、10時〜16時の内拝時間内にそちらでご購入ください。

公式X:https://twitter.com/zaikaji_temple/status/1808744252966646197

 面白いのは御前立が色々なところに出開帳?出張しているところかな。

詳細は次のNOTE『★秘仏公開★「財賀寺」33年に1度の秘仏・千手観音・御開帳』参照。

→本堂内陣奥のお砂ふみ

 写真OKでした!面白いものがあるなと!!

→本堂周辺

 本堂の裏側へ!!

本殿裏
本殿裏の御堂
本殿裏の御堂
本殿裏に祠
本殿裏の祠
本殿裏

→本堂手前右

→お祭り「智恵文殊祭り」

 ここから少し離れたところは、丹波王国(私のNOTE)から遷った人々の地域とある。京都・智恩寺(私のNOTE)の流れを汲んでいる気がするのだが。

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記▼セットで行くところ

◆愛知⑦◆豊川と岡崎の神社仏閣と名古屋港水族館【愛知シリーズ/三河シリーズ/名古屋シリーズ】|やんまあ@旅行記

未来の旅行記は次に記載されていきます。

愛知の神社仏閣は次のマガジンに追加していきます。


▼仏像展


▽2040年秘仏公開パンフレット


#財賀寺
#千手観音
#文殊菩薩
#五大明王
#二十八部衆
#宝冠阿弥陀如来
#開創1300年
#神社仏閣
#やんまあ
#やんまあ旅行記
#旅行記
#やんまあ神社仏閣
#仏像
#わたしの旅行記
#一度は行きたいあの場所
#人文学
#愛知
#豊川市
#秘仏公開
#特別開扉
#旅行・おでかけ
#愛知シリーズ
#三河シリーズ

いいなと思ったら応援しよう!