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「ネオンと夢の設計図」スケッチブックは、あの頃の僕自身そのものだ。使い古された製図版は、落書きと修正液の跡で埋め尽くされ、まるで青春の傷跡地図のようだった


「ネオンと夢の設計図」


蛍光灯の光が反射するその上で、
夢と現実が混ざり合い、
未来への設計図が描かれていた。
1980年代。
学園闘争の熱狂は遠い過去の出来事となり、
僕たちはノンポリのシラケ世代と呼ばれていた。

政治や社会運動には興味がなく、
ただ自分の好きなことだけを追求していた。
机の上には、大瀧詠一の「A LONG VACATION」が立てかけられている。
都会的で洗練されたサウンドは、僕たちの心を掴み、
夏の終わりの切なさを運んでくる。

バウハウスの建築写真集は、
機能美と合理性を追求したデザインへの憧れを掻き立てた。
無駄を削ぎ落としたシンプルなフォルムは、
僕たちのシラケた心に、静かな感動を与えてくれた。
ロバート・キャパの写真集は、戦場の悲惨さと人間の尊厳を教えてくれた。
銃弾が飛び交う最前線で、真実を捉えようとした彼の姿は、
僕たちの心に深く刻まれた。

使いかけのスケッチブックには、
奇抜なファッションに身を包んだ人物や、
幾何学的な模様が描かれている。

それは、未来都市の設計図だったり、
架空のバンドのロゴだったり、
あるいはただの落書きだったりもする。

学園闘争の兵士たちの熱い血潮は、
僕たちのスケッチブックには存在しない。
カメラ雑誌は、いつか僕が世界を切り取るための教科書だった。

ロバート・キャパのような報道写真家ではなく、
ファッションやポートレートを撮るカメラマンを目指していた。

建築雑誌は、夢の住処への憧れを掻き立てた。
バウハウスのような機能美を追求した住宅を設計したいと思っていたが、
現実は厳しく、ただ夢を見るだけだった。

机の隅には、使い古されたカセットテープとウォークマン。
大瀧詠一やYMOの音楽を聴きながら、夜遅くまでスケッチを描き続けた。
音楽は、僕の創造性の源であり、孤独を癒す友だった。

そして、忘れてはならないのが、コークの空き缶と吸い殻の山。
それは、徹夜の証であり、若さの象徴だった。
学園闘争の熱気は冷め、
僕たちはただ、
自分の好きなことだけを追求していた。

あの頃、僕たちは無気力で、未来に希望を見出せないでいた。
社会に対する不満はあったけれど、行動を起こす勇気はなかった。
スケッチの中の机は、あの頃の僕たちの夢と諦めが詰まったタイムカプセルだ。

ネオンサインが輝く夜の街を彷徨い、
未来への夢を語り合った日々。
1980年代は、僕にとって、シラケた青春と創造性の模索が同居した、
複雑な時代だった。
そして、あの机は、その時代を象徴する、僕だけの秘密基地だったのだ。
学園闘争の熱狂は遠い過去の出来事となり、
僕たちはただ、自分の好きなことだけを追求していた。

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