実は
今までずっとnoteのひとたちに嘘をついていた気持ちでいたので、ちと書いてみようかと思います。実は、これまで投稿してきた記事はすべて、わたしのめちゃめちゃ私的なインスタのストーリーであげていた文章たちです。でも、これからは違います。こういうことを書いてみようと思います。
高校二年生の秋、文章を書き始めました。中学時代の同級生がインスタに短い日記を毎日投稿していたのを見て、いいなあと思ったからでした。それからはくだらないこと、いま読んでいて恥ずかしくなるような文章をつくり続け、最近になってようやくマシなものを書けるようになりました。当時のわたしは今よりもはるかに若く、青く、感傷的で、そうやって自己陶酔している、じめじめした人間だったと思います。要は、承認欲求を満たすためでした。
すごくさびしかったのだと思います。全然満たされていなかったのだと思います。自分を認めてもらいたくて、おもしろい人間だと思って欲しくて、毎日くだらないことを書いていました。あのころのことは、暗い思い出。でも、何よりも自分のことが嫌いでした。
高三と浪人のときは書きませんでした。しかし、高三で受験が終わって浪人することがはっきりするまでの間は、ほんの数日分ですが、書いておりました。暗いことを、重たいことを書くようになったのはその頃からでした。先ほども書いたインスタに日記を投稿していた同級生が、就職するだの何だの言ってあっさり日記をやめたころです。
暗いことを書いていたのはおそらく当時の恋人の影響でしょう。もう別れてしまいましたが。彼女にはもう一生会えないと勝手に思っています。会ったらたらお互い死んでしまうような気持ちがします。このまえ、すれ違った気がして、いろいろと思い返して、思い返して、この先を上手く書けません。
恋というか、誰かと生きることは難しいのだと思いました。いつか絶対に来るのだと覚悟していたお別れ。そんなことはないとそのひとに言っても、本質は強がりでしかなく、その場しのぎでしかなく、しかし、それでもこうするしかない。わたしはわたしなりに悩みました。捧げるというのはあんまりよくないことですが、わたしはわたしの意思でそのときできる精一杯のことをしました。ですが、現実というものは、どうにもならないほどに大きいものでした。結局、わたしには何もできませんでした。
せめて、すべてわたしのせいにしてしまいたかった。でも、そう思うことが一番楽なことだから、しっかりと思い出に向き合っていこうと思います。思い出は今でも宝物です。
後悔はしていません。すこし成長しました。縁も切ったわけではありません。あっちはさようならで、わたしはあれからずっとここにいる。それをお互いわかっていることがせめてもの慰めになると思って。
別れたときからそのことを引きずってなんかいません。押し殺してきました。押し殺したらさびしさもくやしさも消えました。ですが、ときどきふと思い出すことがあります。思い出すだけ。
そうやって、受験は思うようにはいかず、恋人とはお別れし、高校時代のいくつかの友人とは縁を切りました。残ったのは、それなりに前向きに生きているわたしだけ。
今はいろんなものを背負って生きています。「おまえの愛は重いよ」と大学の知り合いには言われましたが、上等です。わたしはいつだって本気です。
文章は春からまた書き始め、今に至ります。量は日に日に長くなり、スマホの画面を毎日二千字くらいの文字で埋め尽くしたストーリーばかりを投稿していたら、「読めない」と苦情がくるようになりました。だったら読まれなくていいやと思いました。
でも、読んでくれる人は確かにいて反応をくれたりしました。大学の知り合いの女の子は、文字が小さくて一度も読めたことはないけれど楽しみにしていたと教えてくれました。何を書いているのか、それはつまりわたしが何を叫びたいのかということになるのかもしれませんが、気になっていたとたぶんお世辞かそのへんの類いだとは思いますが、そういうことも言ってくれました。そこまでいわれると、恥ずかしいくらいです。
そんなこともあるから、わたしは書くことをやめずにいます。
インスタへの投稿はやめました。単なる気まぐれですが、これまで書けなかったことも書いてみたいとも思ったからです。それでも書けないことはたくさんありますが。これが言いたいことではあったのですが、それを書くためには大事な寄り道をする必要がありました。
長々と書いて申し訳ないです。これまで通り、書いていきたいと思います。ですが、これを書いたから、もうすこしだけ自分に正直なことが書けるような気がしています。
この文章はこれで終わりではなく、ときどき見返したりするなかで削ったり足したり、改めていきたいと思っています。勢いで書いてしまい、かなりぐちゃぐちゃなものになってしまったので。
いつも大事に読んでくださりありがとうございます。文体や言葉選びにかなり波がありますが、それは、ほんとうはわたしはそういう人間だからです。ご理解いただけますと幸いです。

わたしのインスタグラム

「これは生活ではない」インスタ版
(読めない)
