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昭和の記事で思い出す、ばっばん

noteでは、同年代の人の記事を探して読むことがある。そこに昭和の色を見ると、つい自分の幼年期のことに思いが飛ぶ。

私は一人っ子だったからか、人に世話を焼かれるのがあまり好きではなかった。何でも一人でやりたがった。今でも、チャッピーが「文章のサンプルも考えますよ?」とか言ってくると、むきっとなるのはそのためだ。
だから、着替えているときとかに、ばっばんがすぐに手を貸そうとするのを嫌がった。幼稚園の赤い通園バッグを肩にかけるときに、ばっばんから手を貸されると、「もう」と振り払って、母によくこらと怒られた。小さいころから、なんとも可愛げのない私である。

「ばっばん」は鹿児島弁でおばあちゃんのことだ。今でも使われているのだろうか。ばっばん。今は他県に住んでいるので、よくわからない。

ばっばんは下の名が「ふね」。サザエさんとこと同じ名前。でも雰囲気は全然違う。着物ではなく、落ち着いたグレーのズボンとくすんだ水色のチョッキを着ていた。今で言うベストというやつ。
山本リンダや研ナオコといった厚化粧が流行っていた時代に、薄化粧(あの、すんごいつけまつげをしていなかったのは確か)で、でも髪の毛だけはいつも黒ぐろツヤツヤして、必ず同じ髪形だった。
かつらと気づいたのは小学校に入ってからである。何でかつらだと気づかなかったかというと、家じゅうで誰よりも早く起きて、私より先に寝ることがなかったからだ。それか、髪を隠すように、丸いグレーの室内帽もよくかぶっていた。

どちらかというともの静かな人であった。感情の起伏がないというか。大笑いや怒るところは見たことがない。いつも柔らかな笑顔をたたえているのだが、細く窪んだ目は、どこか笑っていないようにも見えた。
大人になって、母からばっばんの苦労話(主に、瞬間湯沸かし器で女好きのおじいちゃんとのこと)を聞いて、あ、なるほど、と思う、そんな表情だ。かといって、けして卑屈ではなく、芯の強い凛とした、女版の高倉健さんのような人という表現がぴったりだ。

ばっばんは、なかなかのヘビースモーカーで「セブンスター」を吸っていた。ちなみにおじいちゃんは「峰」。渋さをアピールしていたのだろうか。峰は店先で見かけなくなったが、セブンスターは今でも現役。セブンスターみたいな人生が送りたいものだ。
おじいちゃんと違って、ばっばんは私の目の前では絶対に吸わなかった。食後の一服を楽しんでいたのだろう。私がまだ食卓にいると、そっと席を離れて、隣の部屋の暗がりで、冷たい床にちょこんと座って、サイドテーブルで、優雅にたばこを吸っていた。そのサイドテーブルには、ばっばんの好きな鹿児島の銘菓「からいも飴」がいつも置いてあった。ぐちゃぐちゃ噛むと、決まって銀歯が抜けるやつだ。鹿児島の歯科医はさぞ儲かっただろう。

うちは母子家庭で母は夜の仕事だったし、おじいちゃんも仕事の出張でよく家を空けていたので、家ではばっばんと2人でいることが多かった。世話焼きは嫌だったけど、兄妹もなく、友達もあまりいなかった私は、ばっばんが遊び相手だった。ばっばんからこちょこちょくすぐられるのが好きで、私がヒィヒィ笑うと、ばっばんも嬉しいのか、手加減を忘れて手を緩めず容赦なく攻めてくる。そのうち、もう!と私も反旗を挙げる。猫か。私は今でも、ちょっと触られただけでヒィと声を出すようになってしまった。
おばあちゃんは母が諫めるほどに一人っ子の私をかわいがっていたから、わがまま放題好きなことができた。だから、こんな大人ができあがってしまった。

私は小さいころからみかんが大好きで、今でもアイスはみかん味、いや、オレンジのフレーバーに目がない。食べだすと一袋全部食べていた。分ける兄妹もいないから全部食べた。だから、冬になると手が黄色っぽくなった。
ある朝、ストーブの前でばっばんと手をかざしてあったまっていた。ストーブの上ではやかんがポコポコと心地よい音を立てていた。ふとばっばんの顔を見ると、白目が黄色いのに気がついた。
私はばっばんもみかんを食べすぎたんだと思った。思っただけで、ばっばんには何も言わなかった。縁側からやわらかい光が入る、空気がピンと張るような冬の朝のことだった。

後で母にそのことを、「あのね、ばっばんの目がね」と、友達のことを話すみたいに言った。その何日か後にばっばんが入院した。がんによる黄疸であった。

ばっばんのお見舞いは、おじいちゃんの車で行った。車はダークグリーンのマークⅡ。昭和のトヨタの名車だ。私はこの車に乗るのが大好きだった。刑事ドラマ『太陽にほえろ』のスカイラインもかっこよくて憧れた。あのフロントライトが埋め込みになってるやつ。ドラマではその車がよく暴走して突っ込んで火だるまになっていた。古き良き、昭和の時代である。
行くのは決まって夕方の4時頃。その頃、ちょうど松田聖子さんの「赤いスイトピー」が流行っていて、車のラジオでよく流れていた。だから、「赤いスイトピー」を聞くと、今でもばっばんのことを思い出して、胸がキュっと痛む。

病院に行くのは好きだった。今は待たされすぎて大嫌いだが。白衣のお医者さんや看護師さんがかっこよく見えたし、白くてちょっと無機質な感じがするあの独特の哀愁ただよう静かな空間が好きだったのだ。それなのに、ばっばんと会うと居心地が悪くなった。いつもの、ちょっと小粋なばっばんではない。頭に何にも被っていない、病院のよれよれの入院着でベッドに座っているばっばんに、何と話しかければよいかわからず、「だいじょうぶ?」の一言もかけられなかった。見たくないものを見た心地がして、早く病室から出たいと思っていた。

私が小学校のころは、土曜日も学校が午前中まであり、その日も土曜日だった。小学5年生。今でもその場面のことははっきり覚えている。
簡易給食のパンと牛乳ではおなかが満たされず、走って家に帰った。玄関ではなく、台所に近い勝手口から入ろうとすると、知らないおばちゃんが家にいた。「○○ちゃん?あのね、おばあちゃんがなくなったの、、、」
人の死なんて経験したことがないから、全く実感がわかない。なんで知らない人がここにいるのかという疑問のほうが勝って、おそるおそる家に入ると、もうおばあちゃんは家に帰ってきていた。顔に白い布がかけられていた。

私はここで、初めて告白する。
その時は全然悲しみが湧いてこなかったのだ。ただ、どうしたらいいかわからなかった。そして、近所の何人かのおばちゃんたちがお通夜の準備にきていたのだろう。横たわっているばっばんと対峙している私の後ろで「かわいそうにねぇ」とひそひそ話しているのが聞こえた。何がかわいそうなの?そうか、ここは泣かないといけないところなのか。私は「ばっばん!」とばっばんの胸に突っ伏して、なんと嘘泣きをした。涙は流れてこなかったし、それを隠したかったのだ。

お通夜やお葬式のことはあまり覚えていない。
記憶がよみがえるのは、火葬場のところからである。
鹿児島の一番大きな墓地にある火葬場だった。高台にあり、斜面いっぱいに墓地が広がっている。その斜面を登り切ったところに火葬場があった。
棺が火葬に入って、待っている間、外に出ると、白い煙が煙突から流れていた。
鹿児島特有の、からっとした、冬の青空であった。遠くに桜島も見えた。青い空になんともか細い白い糸のような煙が、午後の静かで穏やかな時間とともに流れて消えていった。
「あれが、ばっばんよ」と煙を指さした母に言われて、そこで初めて涙が出た。
あんなに出なくて、泣けない自分を恥ずかしく思っていたのに、涙が出だすと止まらなくなって、わんわん泣いた。

今でも、ばっばんは霊園の丘の高いところにある、室内霊園に安置されている。たばこが好きなばっばんだったから、屋外にすればよかったのに。
私はお参りに行くと、ばっばんの大好きだったセブンスターと、これまた鹿児島ならではの、芋焼酎のワンカップをお供えする。室内霊園だから、たばこは箱のままだ。ばっばんの「吸いたいねぇ」は聞こえてこない。だって、私の前では吸ったことがないから。

ばっばんの世話焼きにありがとうも言わずに邪険にしたこと。もっと優しくしておけばよかったと後悔している。なのに、母にもなんだか優しくできないでいる。面と向かうと照れくさくて感謝もにゃんとも言わず、甘えたいときや都合のいいときだけは、ごろにゃんと。こんなわがままな気ままな、猫みたいになったのも、ばっばんの甘やかしのせいだからね。

そういえば、お葬式のときだったか、どこかのおばちゃんが「あなたのおばあちゃんはね、昔はそれはそれは美人だったがね」と言っていた。それを聞いた私は、そんなの嘘だ、ばっばんが死んで私がかわいそうだから言っているんだ、と思った。だって、もの心ついたときから、ばっばんの顔は皺だらけだったから。
でも、今ならわかる。写真の顔を見ると、皺はあるけど、目鼻立ちが整っていて、どちらかというと彫りが深く、若いころは相当な美人であったろうと思う。
え、じゃ、私も美人なんじゃないかって?
そこは残念。

中学生であったある日、親がいない家の、日頃めったに開けない扉の中などを物色していた。2階の物置部屋にある事務机の引き出しの中に、古い戸籍謄本を見つけた。
うちの母は養女で、ばっばんと私とは血が繋がっていないことがわかった。私は衝撃を受けた。血が繋がっていないことを、教えてくれなかったからではない。もともと、情とか血とか、そういう生物学的なことには興味がなかった。
血の繋がりもない、いつも気まぐれでわがままな私のことを、あんなに可愛がってくれていたのか。戸籍謄本を、もとあった引き出しにそっと戻して、人知れず泣いた。
一人だと出る涙。



「桜島」 @やも画伯

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