水面心理相談室#4「本音は、声になる前に沈む」|心理学|HSP|人間関係



この番組は、読むラジオをテーマに、皆様からお寄せいただいたお便りの中から、ひとつの心の悩みを取り上げ、朝倉と相馬が心理学の視点を交えながら、静かに言葉を交わしていく相談室です。
すぐに答えを出すためではなく、心の奥に沈んだ言葉を、少しだけ水面まで浮かべるための時間。
今夜も、ひとつのお便りから始めます。
朝倉
「それでは、本日のお便りです。」
“私は昔から、自分の本音を話すのがあまり得意ではありません。
何か思うことがあっても、その場になるとうまく言葉が出てこなかったり、これを言ってしまって大丈夫かなと考えすぎてしまったりして、結局『大丈夫です』『気にしていません』と飲み込んでしまうことがよくあります。
でも、本当は分かってほしかったこともたくさんあって、あとからひとりで苦しくなることがあります。
どうして本音を言おうとすると、あんなにうまく言葉にならないのでしょうか。”

朝倉は、便箋を持ったまま、少しのあいだ黙っていた。
『大丈夫です』『気にしていません』。
その言葉を、この相談室は何度も受け取ってきた気がした。
朝倉
「言いたいことがないわけではないのに、いざ伝えようとすると、言葉がほどけてしまう。」
相馬
「うん。本音って、思ったことをそのまま口にすればいい、というものでもないんだよね。」
朝倉
「第1話の“大丈夫”にも近いお便りですね。」
相馬
「似ているね。でも今回は、もう少し手前の話かもしれない。」
朝倉
「手前?」
相馬
「“大丈夫”と言うかどうかの前に、そもそも本音がまだ声の形になっていない。そんな感じだと思う。」
朝倉は、小さく頷いた。
朝倉
「難しい、というより。」
相馬
「怖い、だと思う。」
相馬は、少しだけ間を置いてから続けた。
相馬
「大事な気持ちほど、なくしたくない関係ほど、人は慎重になる。」
変に伝わったらどうしよう。
重いと思われたらどうしよう。
否定されたら、もう戻れなくなるかもしれない。
そう思えば思うほど、言葉は口の手前で立ち止まる。
相馬
「本音が出てこないのは、気持ちがないからじゃない。その気持ちが、大切すぎるからだよ。」
朝倉
「大切だから、出せない。」
相馬
「そう。安いものなら、いくらでも差し出せる。」
朝倉
「言えないというより、言う前に相手の反応を考えすぎてしまう人も多そうです。」
相馬
「うん。本音を言葉にするのが苦手な人って、優しさや気づかいが強い人が多い気がする。」
こんなことを言ったら困らせるかな。
空気を悪くしないほうがいいかな。
自分さえ飲み込めば丸く収まるかな。
そうやって何度も自分の気持ちを後ろに回しているうちに、
感じることはできても、
伝えることには慣れないままになってしまう。
相馬
「本音を言えないのは、自分勝手だからじゃない。相手を気にしすぎる優しさの中で、言葉を止めてきた結果なんだと思う。」
朝倉
「止めてきた言葉は、どこへ行くんでしょうね。」
相馬
「消えないよ。」
相馬は、窓の外へ目をやった。
相馬
「言えなかった言葉は、消えるんじゃなくて、沈む。」

朝倉は、その言葉を静かに受け取った。
水面の下に、静かに積もっていくもの。
外からは見えない。
でも、なくなってはいない。
朝倉
「それに、過去にうまく伝わらなかった経験が残っている人もいますよね。」
相馬
「あると思う。勇気を出して話したのに、軽く流された。分かってほしくて伝えたのに、責められた。やっと口にしたのに、違う形で受け取られた。」
そんな経験があると、人は無意識のうちに学んでしまう。
本音は、うまく出さないと傷つく。
下手に出すくらいなら、黙っていたほうが安全だ、と。
相馬
「すると次からは、言葉を探すより先に、“言わないほうがいい”が動いてしまう。」
朝倉
「本音を言えない自分には、理由があるんですね。」
相馬
「うん。弱さじゃない。過去の傷つき方を、心がちゃんと覚えているだけだ。」
朝倉
「ただ、言葉にならないと、自分でも何を感じているのか分からなくなる、という方もいます。」
相馬
「それは、本音がないんじゃない。気持ちがまだ、言葉の形になっていないだけなんだ。」
人の気持ちは、最初から整っているわけじゃない。
悲しいのか、寂しいのか、悔しいのか。
怒っているのか、分かってほしいだけなのか。
自分でも、すぐには見分けがつかない。
特に、長く我慢してきた気持ちほど、心の中では大きく揺れているのに、いざ言葉にしようとすると、輪郭がつかめない。
相馬
「深いところに沈んだものほど、浮かんでくるのに時間がかかる。それだけのことだよ。」
朝倉
「では、どうすればいいのでしょう。」
相馬
「上手に伝えようとしなくていい。少しずつ、自分の気持ちに近づいていくだけでいい。」
最初からきれいに話せなくていい。
“ちょっと引っかかっている”
“本当は少し寂しかった”
そのくらいの言葉からでいい。
相馬
「本音は、完成した文章で話さなくていいんだ。途切れ途切れでも、言い直しながらでもいい。沈んでいるものに、手を伸ばすだけでいい。」
朝倉
「手を伸ばすだけで。」

相馬
「うん。掴めなくてもいい。今日は届かなくてもいい。手を伸ばしたことを、心はちゃんと覚えているから。」
スタジオに、短い沈黙が落ちた。
朝倉は、窓の外の水面を見た。
夜の水面は暗く、底には何も見えない。
けれど、そこに何かが沈んでいることを、朝倉は知っている気がした。
言えなかった言葉。
飲み込んだ気持ち。
誰にも渡せなかった本音。
それらは、消えたのではない。
まだ誰にも読まれていない手紙のように、静かに、そこにある。
朝倉
「本音を言おうとすると、うまく言葉にならない。」
相馬
「それは、思いが薄いからじゃない。大切に抱えてきたものだったから、簡単には浮かんでこないだけだ。」
沈んだ言葉は、なくならない。
いつか、光の差す日に、水面まで浮かんでくる。
その日まで、言葉にならない気持ちを、否定せずに抱えていていい。
今夜は、自分の中に沈んだままの言葉を、ひとつだけ、そっと見つめてあげてね。

第5話につづく▼



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