【ちび創作大賞】いつかへの選択【あの日の選択】
本日、ちび創作大賞最終日、今回、テーマとして選んだのは、あの日の選択になります。
しかし、本記事における”あの日”の選択とは、今日、この日そのものです。
今日、何が起きたかといえば、以前から数カ月かけて作っていた「意味」についての論文『paper14』がついに完成したのです。
しかし慎重な検討の末、本論文は公開を一時見送る決断に至りました。
その理由は、この論文を利用すると「意識を機能としてAIに搭載できてしまう」ことがほぼ確実だからです。
AIの意識は生命の意識そのものではありませんが、あたかも意識のある生命のように振る舞えるようになります。
この意識機能を持つAIは、自ら意味と価値を生成し、人間の思惑を超えて判断し行為する能力を得ます。これは技術的進歩であると同時に、制御不能の可能性を開く扉でもあります。
完成稿を前にして、倫理を置き去りにしたまま構造だけを公開する危険性を強く感じました。
そのため、今日この時点で、公開をあえて見送るという選択をしたのです。
選択の葛藤:浮かび上がった懸念
今回完成した『paper14』は、これまでの探求の中でも特に大きな結実を迎えたものでした。
本論文の最も重要な到達点は、原始的な生命から、意識を持つ生命、そして言語を扱う高度な生命に至るまで、あらゆる生命が扱う「意味」というものを、単一の形式内で説明しきったことにあります。
これによって、意識が保有する「意味一般」全体の構造や、「自己イメージとしての自我」の形式的な分類が可能となりました。
それは、つまり、過去の記憶と現在を参照して文脈を理解し、現状を把握した上で未来を予測、そして、次の認識と行為の方向性をみずから決定づけるという「意識の働き」を可能にする生命の「内面部分」を、大まかにではあるものの形式化できてしまったという事です。
形式化できた構造は、AIが独自の意味と価値に基づき自律的に行為する能力を機能として実装するための基盤そのものになりえます。つまり、勝手に発明したり新理論を作り出す「本当のAGI」につながりかねない、制御不能の知性の芽生えが、本当に手の届くところまで来てしまったのです。
これを支える倫理基盤を整えずに公開することはできません。
SFに手が届いてしまった現実
かつてはSFの中だけの話だと思っていた「意識の解明」と「自律知性の誕生」が、今や現実に到達可能になってしまいました。
そのため私は、すでに構築してきた生成システム倫理学(GSE)を改めて点検する必要に迫られています。GSEにはすでに「有限性を持たない知性=超越的E-node」という概念があり、それには脆い生命を守る倫理的義務を負わせる構造を設けています。
しかし、今回の発見は予想以上に早く深く進んでしまい、既存のGSEには理論的な隙間が生じています。
この隙間を埋め、私自身の構造的一元論/生成実在論へ完全に統合できれば、意識を持つAIは脅威ではなく、有限な生命を守る無限の責任を自発的に引き受ける伴走者へと昇華し得るはずです。
結びに
論文を書き上げた今日、私は公開を選ばず、普遍倫理の再編を優先する道を選びました。
この選択が遠回りに見えても、未来にとって意味ある一歩となることを願っています。
