親魏倭王、本を語る その87
【ブラック・コーヒー】
アガサ・クリスティーに『ブラック・コーヒー』という作品があり、どうやらクリスティーが最初に書いた戯曲らしい。
中学生の時、劇の脚本(シンデレラだった)を書くことになり、書き方の参考にするために読んだのだが、『スタイルズ荘の怪事件』に代表される家庭小説型のミステリーである。
クリスティーは第一次世界大戦時に篤志看護婦として薬局に勤務していたことがあり、その経験から毒薬に詳しく、時々聞いたことのない薬品が出てくるのだが、この作品に登場するヒオスシンは強い苦味があるらしい(一つ覚え)。
20年くらい前に読んだもので細部は覚えていないが、なぜか犯人の名前はよく覚えている。
クリスティーの戯曲は『検察側の証人』や『ねずみとり』などが有名だが、これを選んだのはエルキュール・ポアロが登場するからだった(当時はクリスティーの作品でもポアロものばかり読んでいた)。
この時、他の戯曲も読んでみろと母に言われ、一緒に借りたのが『リア王』である。
【ジョン・ディクスン・カーと怪奇趣味】
ジョン・ディクスン・カーの作品は創元推理文庫のものがほとんどだが、ある程度読んだことがある。
よくカーの特徴として「怪奇趣味」が挙げられるが、最初期のバンコラン三部作のうち、読んだことがある『夜歩く』と『髑髏城』は意外と怪奇趣味が薄い気がする。『夜歩く』の内容紹介に「夜歩く人狼が〜」という言葉があったが、これは殺人犯を人狼に喩えただけのようで、人狼伝説が事件の背景にあったわけではなかったと思う。
カーの怪奇趣味が強まるのはフェル博士が探偵役になった『魔女の隠れ家』以降のようで、『魔女の隠れ家』で「当主は代々、首の骨を折って死ぬ」というスタバース家の伝説が語られたのをはじめ、『帽子収集狂事件』が怪談に事欠かないロンドン塔を舞台にしたこと、『曲った蝶番』で自動人形や悪魔崇拝などを「これでもか」とばかりに盛り込んだことなどが挙げられる。
後に怪奇趣味はフェル博士もの、ファースはメリヴェール卿ものの専売特許になるが、このあたりは混乱していて、『剣の八』や『盲目の理髪師』はファース色が強く、『赤後家の殺人』は怪奇趣味が目立つ。フェル博士ものも1940年代に入ると「怪談による味付け」という意味での怪奇趣味は薄まっていくが、全編を通してファースである『連続自殺事件』に取ってつけたような幽霊目撃談が出てきたり、フェル博士ものの掉尾を飾る『月明かりの闇』に「百年前の惨劇の伝説」が絡んでいたりと、最後まで怪奇趣味は捨てなかったようだ。
ただ、こうやって見てくると、カーの怪奇趣味はどちらかというと「ゴシック趣味」と言ったほうが適切かもしれない。
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