H2ロケットが悪戦苦闘した1990年代
日本のH2ロケット50号機の打ち上げが無事成功しました。

ロケットは搭載していた気象観測衛星を予定の軌道に投入。これでH2ロケットはすべてのミッションを終了し、50回の打ち上げのうち失敗したのはたった1回だけで、成功率は98%に達しました。
私はH2ロケットと聞くと、このロケットの主エンジンであるLE7の開発でもろもろのトラブルが発生していた1990年代初頭の光景をついつい思い出します。
当時、私は科学技術庁の記者クラブに体を置いており、出勤するとまずはH2の開発を指導・監督する宇宙○○課(名前を正確に覚えていません、ごめんなさい)を訪ねて「今日は大丈夫ですか。何もトラブル・事件は起きていないでしょうね」と問いかけていたものでした。
しかし最悪の事件が起きました。1991年8月、LE7の開発・製造をになっていた三菱重工業の名古屋誘導推進システム製作所で、加圧試験中に配管が破裂して技術者が死亡する悲惨な事故が起きてしまったのでした。
このロケットはとても危なっかしい。日本の宇宙開発の未来は悲惨なものになるかもしれないーー私は、当時、そう思ったものでした。
でもそれから30数年。H2ロケットはよくぞ”復活”し、当時は予想もできなかった98%という高水準の成功率を達成してくれたものです。
関係者の皆様、ご苦労様。H2ロケットもこの際、擬人化して「君もよく頑張ったね」と声をかけておきましょう。
