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ヨハネス・フェルメール / メトロポリタン美術館
動いてないのに、時間だけが動いてる|フェルメール《水差しを持つ女(1662)》
フェルメールの《水差しを持つ女(1662)》って、
正直、派手なことは何も起きてない。
女の人が立っていて、
水差しを持っていて、
窓から光が入ってる。
それだけなのに、
なぜか目を離しづらい。
今日は、この作品を
朝・昼・夜の3回見たときの話をする。
朝に見た《水差しを持つ女》
朝に見ると、この絵はすごく静か。
空気が、ちゃんと冷えてる感じがする。
光がやわらかくて、
部屋の中がまだ起ききってない。
女の人も、
これから何かを始める前みたいに見える。
水を差す、ほんの手前。
まだ動いていない時間。
朝の頭だと、
この絵は「準備中」に見える。
今日が始まる直前の、
あの少し落ち着かない感じに近い。
昼に見た《水差しを持つ女》
昼に見ると、急にこの絵が現実っぽくなる。
光がはっきりして、
部屋の形も、服の重さも分かる。
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