やってみて気づいた“向いてないかも”の活かし方:選ばなかった道にも意味があった VOL.88
「やりたいことがわからない」
「何が向いてるかもよくわからない」
かつての私も、そんなふうに悩んでいました。
でも最近つくづく思うのです。
“やってみたからこそ、気づけたことがたくさんある”
“やってみなかったら、気づけなかった”
料理の仕事を目指していた頃
料理をするのが好きだから、「料理の仕事がしたい」と思っていた時期がありました。いつか、料理を仕事にしたいな。
コロナ禍になり、おうちでパン教室を開けるオンライン講座にも参加しました。
でも…資格を取ったあとに、そのまま教室を開くことはありませんでした。
なぜだろう?と自分に問いかけてみたときに、気づいたのです。
私は「人前で料理を教えること」よりも、
「気心知れた人と一緒に食卓を囲む時間」が好きだった んだ、と。
やってみないと、気づけなかったこと
頭でいくら考えても、本当の気持ちってわからないことがあります。
「きっとこうだろう」と思って動けないより、
やってみて、“違うかも”と気づくことにも価値がある。
そう実感しています。
私はよく「やりたいことがない」と悩んでいたけれど、
振り返ると、「向いてないかも」と思った経験の中にも、
自分の“好き”や“得意”のヒントが、たくさん詰まっていました。
「向いてない」と感じたからこそ見えた、わたしらしさ
たとえば──
人前で料理を教えるよりも、誰かと一緒に手料理を囲む時間が好きだった
モノを売ることよりも、人と人をつなぐことのほうがワクワクする
ひとりで黙々と作業するより、誰かとの対話の中で生まれるものが好き
これって、まさに今、コーチ仲間と一緒に始めた「つむぎの場」につながっている気がします。
コミュニティを作るなんて、昔の私からしたら夢のまた夢。
でも、仲間と一緒にやってみたら、気づけばもう4回も開催しています。
選ばなかった道にも意味がある
“やってみたけど違った”
“向いてないかもって感じた”
それって、「失敗」でも「無駄」でもない。
自分の輪郭を知るための、大切なプロセスなんですよね。
私は、遠回りしているように見えるその時間が、
ちゃんと今の“わたしらしさ”をつくってくれたと思っています。
だからこそ、「選ばなかった道」にも、ちゃんと意味がある。
「なんか違う」と思ったことも、「うまくいかなかった」経験も、
すべてが未来につながる材料になる。
この記事が、今ちょっと迷っている誰かの背中を
やさしく押すものになればうれしいです。
しなやかマインドを育む専門家
山崎 里枝
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