なぜラグビーは夏に過酷な練習をやめられないのか〜「負ける不安」が選手を追い詰める〜
プロラグビー選手の山川力優です。
先日、同じリーグワンで戦う選手が、練習で熱中症になり、搬送先の病院で亡くなるという出来事がありました。
僕と同じように、この夏、新しいチームに加入したばかりの選手でした。心から、ご冥福をお祈りします。
今回の件の詳しい経緯を、僕は知りません。だから、あの出来事そのものについて語ることはできません。それでも、しらせを知ってから、ずっとこのことを考えています。
僕にとって、これは人ごとじゃないからです。
僕自身、死にかけたことがある
忘れられない夏の日があります。
真夏のブロンコテスト(走り込みのフィットネステスト)。本気で、息ができませんでした。日陰もないグラウンドで、過呼吸みたいになって、死にそうになった。
水をかけて、水を飲むしかない。でも、その水すら飲まれへんのです。午後は、体に力が入りませんでした。
それでも、「休ませてください」とは言えませんでした。言う勇気が、僕にはなかった。
プロになってから、暑さでもうギブアップやと思いながら練習したことは、正直、数え切れないくらいあります。でも、「ちょっと休ませてくれ」と言えたことは、一度もありません。
練習を最後までやりきって、終わった後に倒れて、熱中症で起き上がれなくなったこともあります。
一歩間違えていたら、僕やったかもしれない。
そして、これは僕だけの話じゃありません。みんな、ひそかに耐えています。
あの中にいる間は、言えなかった
なんで、言えないのか。
選手は「走れ」と言われたら走らなあかんし、「やれ」と言われたらやらなあかんからです。「やりすぎです」なんて言ったら、「お前、何?」ってなるだけ。
試合に出たい選手ほど、外されるのが怖くて、言えない。
僕も言えませんでした。言えない構造の中に、僕自身がいました。
正直に言うと、この記事は、冷静に構想して書いたものではありません。
今回の出来事を知って、あの日の自分と重なった。こわくなったんです。いてもたってもいられなくなって、いま、これを書いています。
言えなかった人間が言わへんかったら、この構造は誰にも見えないままです。
どう考えても、無理やろ
気温35度、36度。東京なら、39度まで上がる日もある。その気温の屋外で、ラグビーの練習をする。
どう考えても、無理やろ。
熱中症の対策なんて、現場のみんなが「わかってる」んです。
わかっているのに、それでも事故は起きる。ということは、これは知識の問題やなくて、構造の問題です。
もちろん、しっかり暑熱管理をしている指導者やチームがあることも、僕は知っています。時間帯をずらす、数値を基準に練習を止める、涼しい場所へ移す。
ちゃんとやっている現場はあります。問題は、それが個々の指導者の裁量に委ねられていることです。
高校から感じていた「がむしゃら」の文化
思い返せば、高校の頃から同じでした。
僕らの頃は、がむしゃらにアホみたいに練習するのが主流の時代です。
熱中症でけいれんを起こして、指が曲がったまま、その日は戻らんくなってるやつもいました。それでも「そういうもんや」と、関係なしにやっていた。
大学は違いました。天理大学は早朝と夕方に練習して、暑い時間帯を避けていた。当時から「スマートやな」と思っていました。
「これ、ほんまにおかしいやろ」と本気で思い始めたのは、プロになってからです。プロの世界ですら、真夏に関係なしに練習をする。
水分補給の時間はもらえます。でも、この暑さは、そういうレベルの話じゃないんです。
指導している側と、フルコンタクトで走り続けている選手とでは、体感している暑さがまるで違います。同じグラウンドに立っていても、見えている景色が違う。
あの暑さの本当の危なさは、ガチでやっている選手にしかわかりません。
選手が自分から「限界です」と言えない以上、選手側の暑さを想像して、止める判断をするのが指導者の仕事やと、僕は思うんです。
S&C(フィジカル担当)やトレーナー一人の話やなくて、チームに関わる指導者全員の。教えることだけが、コーチの仕事じゃない。
ディビジョン1の強豪ですら、こうなる
先に書いておきます。これから書くのは、どこかのチームが特別おかしい、という話やありません。お世話になったチームには、今も感謝しかない。
それでも、組織のしっかりしたディビジョン1の強豪ですら、真夏に死ぬ一歩手前まで走る。それくらい、この文化が日本ラグビー全体に染み付いている、という話です。
僕がこれまでいたチームでも、夏はこうでした。
7月中旬から1ヶ月間、走り込み中心のグループワークが始まる。8月中旬からは、猛烈な暑さの中で45分〜1時間と走り込んで、昼からガンガンウエイト。
やれば強くなる。それはわかります。
コーチは言います。「お前らはプロとして強くならなければいけないから、プロとしての行動を起こせ」と。
けど、熱中症で死んだら、プロとか関係ないから。
選手に「プロであれ」と求めるなら、選手を死なせない練習をつくることも、プロの仕事のはずです。
立場の弱い選手ほど、長く走らされる
もう一つ、おかしいと思っていることがあります。
多くのチームでは、夏のスタート時期が、前シーズンの出場時間でグループ分けされます。
試合にほとんど出ていない選手は7月中旬から。少し出た選手は8月中旬から合流。フルに出た主力は、9月中旬合流です。
つまり、チーム内で立場の弱い選手ほど、一年で一番暑い時期に、一番長く走らされる。そして、立場が弱いからこそ、一番「やりすぎです」と言えない。
ちなみに、9月中旬合流の主力組は、信頼されて、それまで自分でコンディションを整えられます。
ニュージーランドのプロの世界に近い、健全な形です。それが、一番下のグループにだけ適用されない。おかしくないですか。
結局、「負ける不安」やと思う
じゃあ、なぜ現場はここまで危険な領域に追い込まれてしまうのか。
原因は、指導者個人の問題やなくて、「負けたら後がない」という強烈な不安にあると思っています。
勝たなければ自分の仕事や評価がなくなるプレッシャーの中で、相手チームがやっているかもしれない練習を自分たちだけやめるのは、指導者にとっても恐ろしいことです。
誰も悪意を持って選手を危険に晒したいわけないんです。指導者もまた、この過酷な構造の中にのみ込まれている一人なんやと思います。
ニュージーランドは2週間で仕上げる
「そんなこと言うても、練習せな強くならんやろ」という声もあると思います。
でも、僕の知る限り、ニュージーランドの州代表は、練習試合が始まる2週間前から練習を始めます。2週間で仕上げて、何試合かやって、すぐシーズンに入る。
もちろん、向こうはクラブラグビー、州代表、スーパーラグビー、オールブラックスと、一年中ラグビーが回っているわけで構造の違いはあります。
日本は空白の期間が長いから、「時間あるし、ラグビーの練習しようぜ」となる。
でも、ほんまにプロなんやったら、やる選手は自分でちゃんとやります。やらない選手は、結果と評価で判断すればいい。それだけの話ちゃうかな、と。
極端な話、真夏を避けて、9月中旬から始めたってええやん、と本気で思っています。
上が「止める」しかない
コーチが不安で止められないなら、答えは一つしかないと思っています。
上が、一律で止めることです。
8月10日、日本ラグビー協会から緊急通達が出ました。
暑さ指数(WBGT)を原則15分ごとに測って、記録すること。WBGT31以上の場合、練習も試合も、原則すべて中止または延期。そしてもう一つ、「まず冷却、搬送はその後」。重症が疑われるときは、119番通報と同時に、救急車が来るまでのあいだに氷水浴などで全身を冷やし始めること。
対象はリーグワンだけやなくて、高校も大学も含む、全登録チームです。
「WBGT31以上」というのは、気温の目安でいうと35度以上のこと。湿度が高い日は、もっと低い気温でも達します。
すぐにこの通達を出してくれたことは、現場の選手として本当に心強かったし、大きな一歩やと思っています。内容も、現場の安全を第一に考えたものでした。
でも一方で、報道によると、WBGT31以上は原則中止という基準自体は、日本スポーツ協会の指針として前からあって、日本ラグビー協会も今年6月の通達で、この基準を示していたそうです。あったのに、現場は止まってこなかった。
だからこそ、この通達を「絵に描いた餅」で終わらせないための、最後のピースが届いてほしい。
この通達は「要請」であって、義務でも罰則規定でもないからです。
「現場任せの努力目標」やなくて、「全チーム一律で、必ず止まるルール(守られなかった場合のペナルティを伴うもの)」にしてほしいんです。
ルール違反へのペナルティを決めるのは、指導者を処罰するためやありません。
「他のチームが練習してるのに、うちだけ止めたら負けるかもしれない」という指導者の恐怖心を消して、堂々と練習を止める大義名分を与えるためです。
全チームが一斉に止まる仕組みがあって初めて、指導者も安心して選手を休ませることができます。
サッカーは10年前からやっている
「そんな厳しいルール、無理やろ」と思われるかもしれません。でも、サッカーはもう10年前からやっているそうです。
JFAの熱中症対策ガイドラインは、公式戦ではこれを守る義務があって、違反したら懲罰規程の対象になり得る、と条文に書いてある。そして対象を定めた条文には、こう続きます。公式戦以外の練習試合、練習等においても、これを準用する、と。
中身も具体的です。WBGT31以上なら試合は原則中止。それでもやるなら、日射を遮るテント、身体冷却、救命資格を持った人の常駐、クーラーのあるロッカールーム——決められた対策を全部満たした場合に限る。
やるなら、対策を全部やれ。やれへんのやったら、止めろ。守らんかったら、罰の対象にする、と。
現場に「判断」を丸投げせずに、こういう形にしてくれている競技が、すでにある。僕がお願いしたいのは、これと同じことです。
そして、『練習止めたら、いつ鍛えるんや』と言われそうですが、僕は、鍛えること自体を否定してるわけやありません。真夏の日中の屋外から、練習を逃がすべきと言っています。
時間帯を、早朝と夕方にずらす。天理大は、実際にそうしていました。
ただし、ずらすこと自体がゴールやありません。
いまの夏は、夕方でも35度を超える日があります。時間をずらしても、暑さ指数が基準を超えているならやらない。数値が主で、時間帯は手段です。
あるいは、菅平のような避暑地に行く。社会人チームも避暑地に行きますが、メンバーが揃った10月とかに行くことが多い。でも、暑熱対策で行くなら、暑い7月、8月でないと意味は薄い。
真夏の炎天下でやる以外の選択肢は、いくらでもあります。
もし、あの日の僕が最悪のことになっていたら
想像することがあります。
あのブロンコテストの日、もし僕が最悪のことになっていたら。
もしかしたら、こう言われたと思うんです。
「オフの間の走り込みが足りなかったんじゃないか」「体調が悪いなら、申告すればよかったのに」「水分の自己管理ができていなかったんじゃないか」。
そうだとしたらつらい。僕は、言えなかっただけです。
それを「選手の自己管理の問題」で片付けてしまったら、一ミリも変わらないまま、また同じことが起きるでしょう。
僕が言いたいのは、「練習を減らして楽をしたい」ということやありません。
科学的な暑熱対策で命のリスクをなくして、パフォーマンスを最大化する。
それが結果として、日本ラグビーをもっと強く、魅力的にすると本気で信じています。選手も指導者も、100%ラグビーに打ち込める環境を作りたい。そのための議論のきっかけになればと思っています。
最後に
この夏も、全国のグラウンドで、選手たちが走っています。
その中の誰かに、これだけは伝えたい。
限界やと感じるのは、あなたが弱いからじゃない。体が、正しく警報を鳴らしているだけです。
熱中症で死んだら、プロとか関係ない。
僕らは、強くなるために練習しているのであって、死ぬために練習しているんじゃない。
この当たり前が当たり前になるように、長年言えなかった思いを、今回書きました。これからも、言い続けます。
