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ホンモノ大人は、にしんそばを食べる【四杯目 やぶそば・梅田】

さて、大阪に行ったら何を食べるか問題である。
これは、なかなか根の深い問題だ。

ボクは大阪を知らない。
東北で生まれ育ち、大学は東京。
その後、仙台に住んだ時期もあるが、いまは埼玉に落ち着いている。
東京から西へ住んだ経験もある。が、名古屋まで。

つまり、大阪は、あくまで出張か旅行で訪れる場所なのだ。

その大阪で何を食べるか。
これが毎回、静かに悩ましい。
大阪の知人に連れられて行った店は、どれも良かった。
串カツ、お好み焼き、うどん、焼き肉。
もちろん美味い。
そして何より、大阪のご飯は明るくて、楽しい。

けれど問題は、ひとりの時である。

ひとりで串カツ屋に入る勇気。
ひとりで鉄板の前に座る覚悟。
どんな顔をして入ればいいのか、どんな顔で食べればいいのか。
そんなことを考え出すと、急に自分が場違いな存在に思えてくる。

若い頃なら勢いで入れたかもしれない。
でも四十を過ぎると、妙に自意識が育つ。
無駄に空気を読み、無駄に構える。

そんなこんなで、梅田阪急の蕎麦屋に、藁にもすがる思いで飛び込んだ。

蕎麦屋は安心する。
作法も知っている。
座る位置も、注文の仕方も、食べ終えた後の所作も、身体が覚えている。

東北人がキメ顔でそばを啜っていても、誰も何も言わない。
いや、串カツ屋だって言わないのだろうが、こちらの気持ちの問題である。

そして、わざわざ大阪に来てまで頼んだのが、にしんそばだった。

目の前に置かれたそれは、静かに美しかった。
麺も、出汁も、そして鰊も。
どこにも無理がない。
「どうだ」と言わない美しさ。

梅田という場所のせいか、ほんの少し酸味を感じる出汁が、
都会的で、それもまたよかった。

そばを啜り終え、丼の底に残る出汁を眺める。
満腹ではない。けれど、満ちている。

出張というのは、どこかで自分を少しだけ消耗させる。
知らない街で、知らない顔に囲まれて、知らない言葉の速度で話す。

その一日の終わりに、
自分の知っている味に戻れること。

それは贅沢ではない。
むしろ、年齢を重ねたからこそ必要になった、
小さな拠り所なのかもしれない。

大阪の思い出は、派手な串カツの油ではなく、
静かなにしんそばの湯気とともに残った。

それでいいのだと思う。

無理をして「らしさ」を食べなくても、
自分が安心できるものを選ぶ。

それが、四十代以降の旅の作法なのだろう。

そしてまた、次の出張へ向かう。
少しだけ整った顔で。


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