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ホンモノ大人、にしんそばを食べる【十一杯目 生そば清助・名古屋】

地元に愛される店、という言い方がある。

よく聞く言葉だし、なんとなく意味もわかる。
でもあらためて考えてみると、それがどういう状態なのか、うまく説明するのは少し難しい。

味がいいこと。
価格が適切であること。
接客が丁寧であること。

どれも必要条件ではあるけれど、それだけでは足りない気がする。

たぶんそこには、もう少し曖昧で、もう少し時間のかかった何かがある。

そんなことを考えながら、名古屋の高級住宅街にある蕎麦屋「清助」に向かった。


当日の朝、思い立って予約を入れた。

最近のぼくは、わりとそういう行き当たりばったりの行動を好む。
あらかじめすべてを決めてしまうと、どこかで期待値が固定されてしまうからだ。

お店に着くと、駐車場には高級車が何台か停まっていた。

こういう光景を見ると、少しだけ身構えてしまう。
客層が面倒くさそうだな、とか、妙に敷居が高いのではないか、とか。

だいたいの場合、その予感は半分くらい当たって、半分くらい外れる。


到着は12時前だったが、すでに満席だった。

なるほど、と思う。

理由はまだわからないけれど、こういう店にはだいたい理由がある。


席に通されて、メニューを開く。

目当てはいつものとおり、にしんそばだ。

とはいえ、「ざるそばと大海老穴子丼のセット」という魅力的なメニューが目に入る。

しばらく迷ったあと、店員さんに聞いてみる。

「にしんそばと、その丼のセットってできますか?」

少し考えてから、「追加料金で可能です」とのこと。

やった、と思う。

こういう小さな交渉がうまくいくと、それだけで少しだけ気分がよくなる。


出てきた蕎麦は、十割。

上品な喉越しで、すっと入っていく。

出汁もまた、蕎麦に合わせてきちんと整えられている。

そして、にしん。

これが面白かった。

主張しない。

甘さも控えめで、いわゆる「にしんそばの顔」という感じではない。

あくまで、全体の中の一要素としてそこにいる。

蕎麦と出汁とにしんが、三角形のバランスで成立している。

どれかが突出することはない。

その静かな均衡が、この店の特徴なのかもしれない。


セットの大海老と穴子丼もよかった。

海老は柔らかく、穴子もふっくらしている。

タレは強く主張しない。

ご飯も、少し柔らかめで、ちょうどいい。

炊きたての温度が、きちんと保たれている。

こういう細かいところで、店の姿勢はわかる。


このあたりは、名古屋城の近くで、かつては城に仕える武士たちが住んでいた場所らしい。

本当かどうかは知らないが、そういう話は嫌いじゃない。

長く人が住み、長く食べられてきた場所には、だいたい独特の空気がある。

それは歴史というほど大げさなものではないけれど、
なんとなく積み重なってきた時間のようなものだ。


食べ終わって外に出ると、さっきと同じように車が並んでいた。

特に派手な看板があるわけでもないし、観光客が押し寄せるような場所でもない。

それでも、この店には人が来る。

たぶん、それが答えなのだと思う。


地元に愛される店というのは、特別なことをしているわけではない。

ただ、余計なことをしない。

やるべきことを、きちんとやり続ける。

その繰り返しの中で、少しずつ信頼が積み重なっていく。

そして気がつくと、「いつもの店」になっている。


にしんそばを食べながら、そんなことを考えていた。

たぶんまた来るだろうな、と思う。

理由はうまく説明できないけれど、
そういう店がひとつあると、少しだけ安心する。

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