コスパで打つ麻雀!あるいは昭和麻雀の合理性と、いかにしてやってる感を出すか
神に誓って申し上げます。対戦相手3人の残りスジ本数をカウントしながら手出しツモ切りもしくは空切りを監視することは常人にはできません。
できるとすれば、麻雀に多くを捧げたか、電工一種(どんな資格なんですか?)の勉強なんてまっぴらごめん。将棋やLoLなんて虫唾が走るというヘソの歪曲した天才だけでしょう。
いわんや、凡人である私たちがフリーの卓のペースで継続できようものか。それでも実現を目指すのが麻雀と言うなれば、酒を飲みながら虹牌麻雀に興じるという一つの華が、おじさんを寂しく取り残して散ることになるでしょう。
閑話休題。
なんだっけ。コスパ麻雀だっけ。そうそう。
コスパ麻雀という諦念
これは、できないことはやめときや。というスタイルに他なりません。冒頭お書きしたとおりです。斜に構えた酸っぱい葡萄ではありません。「そりゃできたら強いが限界は個々人にある」という至極あたりまえの考えなのです。
それでも負けたくねえよなあ?!
そこでご提案するのが、コスパ麻雀。コストとはゲーム内のリスクではなく、現実の我々がBETする有形無形の代償のことです。試験勉強、残業代、睡眠時間。現代麻雀に適応するための脳メモリ。たくさんのリソースを注ぎ込んでいます。
じゃあそのリソース消費を抑えよう!
どうしたらいいか?
勉強不要で、お酒が飲めて、恋するあの子を想いながら打てるようになろう。
そこで出るのが定式化です。厳密ではない。例外処理もある。でも大体通る。いわば、麻雀の古典物理学を提案したらどうだろうかと。重力加速度の問題を解きながら晩飯のことを考えるようにできはしないかと。
だがちょっとまて
今から我々が公式を作るのかい? そりゃあコスパが悪い! むしろ、麻雀を変えてみたらどうか?
そこで提案されたのが、食いタンなし、後付けなし、ひっかけリーチ禁止なのではないか?
こりゃいいや! 副露ケアも簡単だ! 筋は全部通るんだから(後ひっかけはOKだと言及しなきゃ怒られるんだろうな)なにも難しいことないじゃん!
これなら、残業終わりにビールを飲んで麻雀打てそうだ! しかも実力差だって出やない! 選択肢がないってことは外れ道が少ないってことだからな!
昭和の合理性
昭和の麻雀には定説がありました。平成初めに科学する麻雀がやってきて駆逐された感がありますが、
・間四軒は危険
・アンコ筋は危険
・早いリーチは1-4索
などなど。
どれも雑です。
しかし、誰でも再現できる。
数理的センスがなくても実行できる。
これを抑えていればやれてる感が生まれる。
昭和の麻雀はそういう共通言語のために、実力が均されていたのではないか?
この仮説から、私たちはひとつの教訓を得ることができます。
誰もがプロプレイヤーの真似をしなくていい。
というか、簡単そうにやってるけど実際再現は困難だ。
だから、麻雀との付き合い方、上達法、たとえば定式化による粗いが再現性の高い戦術を自分の器のなかで磨く。
そうあってもいいのではないでしょうか。
