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「愛の乞食」「アリババ」の配信を観て

新宿梁山泊の配信を見た。
「アリババ」「愛の乞食」の二本立て。

といっても1月のことだ。
私にしては珍しく配信を見ながら、メモに走り書き。

机の整理をしていてそのメモがでてきたのだけど、すでにその時の想いがうすれかけている。
当初はあの印象的な歌が頭から離れなかったけれど、それも遠くなりつつある。
こうやっていろいろ忘れていくんだろうけど、見つけたメモをなかったことにするのがちょっと寂しい気がして、遅ればせながら少し残しておこうと思った。

ちなみに私は、世田谷パブリックシアターで観劇している。

メモ)テント内、座席きれい

なんだか想像していたより明るくて、整然とした座布団並びだし、椅子席。
昔も椅子席あったのかな?座布団のイメージしかなかったけど。
もっとも、私がテント芝居を見ていたのは、学生だった40年前の数年間。
今思えば、状況劇場の終わりころ?
記憶改ざんもあるかもしれないけど、座敷はもうちょっと雑然としてた気がする。
もう二度とテント芝居を見ることはないだろうと思っていたので、感慨深い。

舞台が始まったテントの中、泥臭く雑然として熱のある舞台とアンサンブル。
飛び散るアレコレ。
ああそう、こんな感じ!イメージの中の唐十郎芝居!
勝手だけど、そう思った。

メモ)昭和な古いネタ

押せば命の泉わくやつとかね、パブリックシアターの時も思ったけど、何のネタだろう?と頭をかしげることなく受け取れるのは喜んでいいのか・・・
古いネタもわかる年齢でよかったと思う反面、なんとなく傷痍軍人を思わせる装束と思っても、これを伝えて若い方に通じるかな?と思ったり。
まあ、私も幼いころにちょっと見かけただけだし(それも戦後20年たってる)、当然、満州事変ではないんだけど。

メモ)万寿シャゲ 配役で・・・

水嶋カンナさんは、昔から少女のそのままの姿で存在している。すべてわかっているかのように(?)
伊東蒼さん(パブリックシアター版)は、何度も生まれていて、でも「生まれ変わり」ではなく、常に万寿シャゲ本人をやり直している。(くったくなく)

・・・ように思えた。

メモ)ヤス君の目

安田章大君演じる一本足の憲兵。
配信だからこそ見えた目の表情だった。
見えていないというその目。
どこも見えていない目。
観客の席では遠くからは見えないし、近くてもどこまでの人が見えていたか。
あの目の演技に鳥肌が立った。

メモ)屋台崩し

テントならではのラストシーン。
外の風景や喧騒が取り込まれて、夢か現かを言葉ではなく体現できてしまうんだからすごい。
パブリックシアターで見たとき、ああ、ここはきっと屋台崩しだなと思ってたけど、想像は実物(配信の画面越しだけど)を越えることはできないんだなとつくづく思った。

メモ)2本立てだけど

別々に作られた2本の芝居のはずなんだけど、むしろ前後編とか、パート1・パート2と感じたのは、両方に共通した楽曲のせいなのか、堕胎児たちのせいなのか
あ、でも楽曲は差し替えって書いてあったな・・・どう差し替えられてたのかな?

メモ)うまく言語化できない

あれは私の青春だったんだと、突きつけられて、感傷的になるという意味不明な時間でもあった。
唐さんの芝居は劇場で何度か見ているけれど、テントは全然別物だった。

パブリックシアターで見たとき、『ジョン・シルバー、緑のおばさん、公衆便所』と出てくるだけで、ひとり心の中がハイになっていた。
唐さんっぽいと思って。
学生時代に見た状況劇場の何とも言えない空気を思い出して、でもきっとこれも美化されているんだろうと思ったり。
後ろのお嬢様たちが「どうしよう、全然わかんない・・」と話しているのが聞こえてきて、うんうん、そうなんだよ。わかんないんだよ。
考えるより感じろなんだよ、と自分に言いわけしてみたり。
昔も今も、唐芝居を言語化できない自分がいて、きっと、言語化できたとしても、とんちんかんなんだろうなと思ったりしている。

見つけたメモを文章にして、さらに放置していて今に至る。
自分のための書き起こしではあるんだけどね。

何がきっかけでも、唐十郎の芝居を観たり、今の時代にテント芝居を知ることができた方はラッキーだと思う。
よくわからない時間、不思議な空間の思い出は、のちに何か語れるネタでもあるから。

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